1. あなたは攻める人か、守る人か、それは女の人生の大問題

斎藤薫の美容自身2

2016.01.13

あなたは攻める人か、守る人か、それは女の人生の大問題

人気連載「斎藤薫の美容自身 STAGE2」。 今月のテーマは“コンプレックス”という感情のしまいかた、活かしかたついて。毎月第2水曜日更新。

あなたは攻める人か、守る人か、それは女の人生の大問題
齋藤 薫
ビューティジャーナリスト
by 齋藤 薫

昔のようにガツガツ攻めない。
"成功"を目的にしない時代

かつて、女も人生"攻める"のが当たり前の時代があった。いわゆるバブルの時代に社会人となった世代は、言ってみれば時代にチヤホヤされてきたから、社会人としてもイケイケで、"成功願望"が強かった。ひとつの風潮として、攻めなければカッコ悪いほどの時代だったのだ。

だから多くの人が、"起業"を考えたり、"有名になること"を目指したり、ともかく人より前に出ようとした。その反動だろうか? 次にやってきたのは、いきなり人と競わない時代。"ゆとり教育"のスタートも、競争意識が激しくなりすぎた反省と言われるほど。次の世代が上の世代を見て、"攻めること"をやめたと言ってもいい。女の歴史上初の"成功を目指しての攻め"の時代は、そう長くは続かなかったということになる。やっぱり女は"攻め"ずに"守る"性なのか?

いやいや"攻める人"は攻め続けていかないと死んでしまうから、時代を越えて攻め続けているはずだが、昔の攻めのようにガツガツして見えないのは確か。そこには明快な理由があって、昔の攻めは、ともかく"成功者"になることが目的だった。手段そのものよりも"成功すること"のほうが重要だったのだ。「成功は"目的"ではない。"結果"である」そういう格言がある。まさしくまさしく"その通り"って思う。「何でもいいから成功したい」と思うのは間違い。何らかを無心に一生懸命にやった結果として"成功"が後からついてくる……それが正しい成功の仕方であるということ。そこにいつの間にか気づいた人たちが、とても無心に攻めているという時代。そういう攻めこそが正しいのだ。

たとえば最近は、"起業"という大それたものではなく、趣味を究めた小さな店を開く女性が増えている。若くして店のオーナーになるのは立派な"攻め"だし、"会社勤めではない生き方"にあくまでこだわるのも"攻め"には違いないが、多くを望まず無理せずに、小ぢんまりとした自分の世界をつくるという自己実現。それは明らかに昔の攻めとは違う。自分らしさを守るための小さな攻めである。少なくとも自分の身の丈を知ったうえで、小さく攻めるというのが今のスタイルであり、かつてのような失敗を繰り返さない生き方の知恵なのかもしれない。

ともかく目の前にあるものに、ひたむきに取り組む……すると後から必ず何らかの結果がついてくる。それが"成功"であってもなくても、大きな達成感があればそれでいいという新しい価値観。逆に言うと、それば"攻め"というより"守り"なのかもしれない。まるで"攻める"ような"守り"、信念を守るために結果的に攻めになる、それが素晴らしい結果を生むことがあるのだ。

"攻める"よりも"守る"ほうが
ずっと難しいって知っていた?

化粧品の外資系トップブランドでPRマネージャーを30年間務めてきて今年"定年退職"されたコスメ界のレジェンド鈴木ハル子さんをご存じだろうか。ハッキリ言って、外資系ブランドは化粧品会社に限らず、個人のスキルをより高く研ぎ澄ませるためにいくつもの企業を渡り歩く“キャリアアップ”がひとつの慣例になっている。従って、ひとつのブランドで定年まで勤めあげることそれ自体が稀。もちろんどちらが良いとは言えない。もともと語学ができるだけでなく、あくまで実力主義の外資系企業で、それなりのポジションを得ること自体がもう立派なこと。とりわけ、女性でも有能なら外資系のほうが“はるかに出世”できることもあり、そういう世界でキャリアアップしていくのは当然のこと。ましてや優秀な人には当たり前のように"ヘッドハンティングの電話"がかかってくる。だから一ブランドに居続けること自体が必然的にレアケースとなっていくわけだが、鈴木ハル子さんの場合はおそらく、"引き抜き"の話も断り、そのブランドにこだわり続けたのだろう。「このブランドが好きで好きで」という理由で。

別業種で"PR"の仕事を覚えた後、学生時代から大好きだった化粧品ブランドの"PR"に採用されたこと。それはPRという仕事を志すうえで、ひとつの夢の実現だったはず。他のブランドのPRをするなど「想像もできなかった」という。見方によっては、見事な"守り"にも思えるけれど、でもここまでの"守り"はなかなかできないこと。中途半端な覚悟では貫けない、だから"攻め"のような"守り"。信念を守るための"攻め"……。こういう生き方をこそ、素晴らしいと思う人が、明らかに増えてきている。 そう考えると、ひたすら攻めていく生き方よりも、"守る"ために攻めていくほうがむしろ難しいのかもしれない。たとえば、フィギュアの浅田真央も競技生活を再開させたが、もちろん"引退"となれば、タレント活動などでさらなる"攻め"に転じることもできたのだろうが、真央ちゃんはやっぱり選手としての立場を守った。別のジャンルで攻めに転じたほうが余程ラクだったはずで、"守る攻め"って簡単ではないのだ。

"守り"というのは、何もしないことではない。今の生活を変えないことではない。まずは何らかの信念を持つこと、その信念を守ることなのだと思う。そしてわかりやすい"成功"を目指すのではなく、その信念を形にするために小さく攻める……そういう"守り"が正しいのだと思う。

そして、そういうふうに"小さく攻める新しい守り"を選んだ人は、年齢にかかわらず達観している。世の中が見えていて、モノがわかっていて、自分を知っている人と言っていい。特に女がいちばん判断を誤りやすい結婚においても、ちゃんとモノが見えている人は世間がハッとするような結婚をするもの。それはまさに"守り"と"攻め"がうまくバランスをとっているような結婚なのだ。

ふと思ったのは、山口もえが爆笑問題の田中裕二と再婚したのは、そういうケースと言っていいのではないか。みんながハッとして、でもやがてホッとするような結婚は、攻めているようにも守っているようにも見える。いや、厳密に言うと家族を守りたいという気持ちが、ちょっと意外とも言える結婚に挑ませたというパターン。お互い最初の結婚に失敗していて、とりわけ臆病になりがちな離婚をしているのに、ただ"守り"に入るだけではない、お互いが"異性を見る目"を自分なりに正して、それを信じて、大切なものを守るために少しの勇気を持って小さく攻めていく。そういう結婚だったから、なんだか妙に心を動かされたのだ。

攻め続けるのは簡単だけど、ケガを負いやすい。ひたすら守るばかりも簡単だけれど、前に進めない。だから人生がどちらかに偏ってしまうのは間違いなのだと思う。たとえばあなたはどちらのタイプだろう。いや、どちらかに偏っていることに気づいたら、ちょっと立ち止まって考えてみてほしい。

誰にとっても人生は山あり谷ありで、いい時もあれば悪い時もあるように、攻めなければならない時もあれば、守らなければならない時もある。そのバランスも大切だし、できるならば攻めながら守るものを守ってほしい。守るために攻めてほしい。それができた時、本当の意味で地に足のついた人生を送れる。

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齋藤 薫
齋藤 薫
美界のご意見番。VOCE連載のほか、美容や女性をテーマに多くの女性誌で執筆中。精神性の深さが多くの女性から支持をえている。

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