1. 3日に一度くらいは、失敗があっていい。心の中での失敗は多いほどいいのだ

斎藤薫の美容自身2

2015.06.10

3日に一度くらいは、失敗があっていい。心の中での失敗は多いほどいいのだ

失敗は成功の元になる女、ならない女

3日に一度くらいは、失敗があっていい。心の中での失敗は多いほどいいのだ

まず失敗を失敗と認めないと何も始まらない

離婚は、もちろん“失敗”ではない。むしろ、人生を正すチャンスともなる離婚のほうが圧倒的に多いはず。でもあまりにも短い結婚生活や、誰が見ても間違っている結婚で、案の定“破綻してしまうケース”は、やはり本人がそれを失敗と認めないと、きっとまたどこかで間違いを繰り返す。恋愛や結婚ほど、同じ過ちを繰り返しやすいものは他にないからだ。

そもそも“好きな男のタイプ”はそう簡単には変えられない。いわゆる“だめんず”が好きな人は、失敗してもしても、また必ず“だめんず”にハマっていく。そこに計算がないからダメ男が好きなわけだし、それが男女の機微だからこそ、どんな痛い目も成功には繋がりにくいのだ。

そしてこんなケースもある。目立って美形でプロポーションも存在感も抜群、常にトップを張ってきた美人女優には、世間が失敗と見てしまう離婚をした人が、じつはとても多いのだ。

これはひとつに、そういう近寄りがたい美女に近づき、「結婚して」とまで言えるのは“よほど自信満々な男”か、“身の程知らずのバランスの悪い男”か。“良識あるまっとうな男”は簡単には近づいていかないはずだし、おまけにそういう美女ほど、じつは求婚された経験が少なく免疫がないからこそ、変な男の唐突なプロポーズもうっかり受け入れてしまいがち。美貌と仕事に失敗がない女ほど危ないのだ。しかも困ったことに、その破局の仕方が極端だと、余計に“まともな男”に避けられるようになってしまう。

どちらにせよ、そういう世の中の仕組み的なことも、また美しいがゆえの落とし穴があることまで知っておかないと。これは自己批判だけではクリアできない問題。どんな不条理な仕組みも想定して生きないと、失敗を認められないからだ。

そう、人生にはあちこちに落とし穴というものが潜んでいる。それを次々身をかわしながら避けて歩くなんて、はっきり言って不可能。でもあらかじめ、どんな落とし穴があるかを想定しておけば、とっさの批判で、下まで真っ逆さまに落ちることは避けられるはずなのだ。

心の中での失敗をたくさんする人の勝ち

仕事の単純ミスは、言うまでもなく慎重さや丁寧さや集中力でクリアできるけれど、世間を渡り歩く上での落とし穴は大体人間がらみで、とっさの対応が難しい。たとえば最も身近にありそうな、“第三者の悪口”を持ちかけられるような場面。うっかり話を合わせてしまうと、自分が言い出した悪口のように、世間に、あるいはその本人に伝わっていってしまう……それは明らかに失敗。本当にありがちな話だが、失敗は失敗なのだ。

しかしその時、切り口上に「私はそうは思わない」とか、「悪口はよくないよね」なんて言おうものなら、イジメをかばったほうがイジメにあうのと同じように、むしろ矛先は自分にやってくる。それこそ真っ向から反論するとだいたい失敗する。「なるほどそういう見方もあるのねえ」などと口の中でモゴモゴ言うのがギリギリの抵抗なのだろう。「そんなことがあったんだー。大変だったね」と相手を労うのもいいが、それだけでも悪口を共有した印象になりがちだから、一発かますことも必要。「でも彼女のほうはあなたのこと、好きなんじゃない?」的な……。

いやそういうことって、失敗を重ねて重ねて初めてわかること。同調して失敗、反論して失敗、結局“そうするしかない”みたいな結論を、傷だらけでようやく割り出すことも少なくないのである。

でもその時、自分が悪者になってしまった場合も、自分の失敗と捉えられるか、相手を恨んでしまうか、そこにも大きな分かれ道がある。もちろんそれこそ、不条理な話。まともに考えたら“自分の失敗”なわけはないけれど、それも自分自身のミスとして計上できる人だけが、失敗を成功に導けるのだ。つまり、失敗と思えるものの範囲が人よりも広い人の勝ちってこと。

良くない結果に陥った時には、なんでも自分のせいにできて、自分の失敗として反省できれば、人は生まれ変われるのだ。私は失敗しない女、なんてありえないし、失敗しないと失敗がもっともっと怖くなり、やがて事実を曲げても失敗を人のせいにするようになるのだろう。

もちろん失敗をことごとく人のせいにしながら傷つかずに生きることもできる。でも結果的には巡り巡って損をする。人のせいにさえしなければ、どんな失敗にも不思議なくらいの逆転が起きるからだ。

たとえば、中山美穂さんのケース。もちろんそこには、いろんな見方があるはずだけれど、当初100対0で悪者にされていたこの人の評価が、今少しずつ戻ってきているのだ。ご存知のように親権をとった元夫は、親子2人の生活を大いにアピール。逆にアピールしすぎたかもしれないことで、あれ? 真相はどうだったの? という疑問が生まれてしまい……そう言えば彼女は一切の反論をしなかった、あんなに逆風を受けたのに、逆になぜ? と、ひょっとして真実はもう少し違うところにあるんじゃないかという方向に、世論が今、反対に傾きつつあるという見方もあるからなのだ。

一方、ほとんど100対0で、非は夫側にありと思える元夫を、1ミリたりとも悪く言わなかったスザンヌは、もう最初から「失敗を成功の始まりにしよう」と、覚悟の上で出てきたのだろう。当然納得はしていないはずだが、子供と自分の未来のために、この離婚を自分の失敗と位置づけていた。立派な判断だったと思う。

だからこうも言えるのだ。女は失敗が多いほどいい。仕事や人付き合いの失敗はもちろん少ないほうがいいけれど、他人に迷惑をかけない生き方の失敗はそれなりにあっていいのだ。確かに、世間の人々にあまり“失敗の多い女”と思われるのは好ましくないが、でも心の中で失敗を恥じる自己申告の失敗は、多いほうがいい。失敗を恥じ、原因を究明し、反省し、いちいち自分を正す……そういう心の失敗は、3日に一度ぐらいあっていい。そのほうが良い人生になる。失敗は言わばどん底。だからいつもそこから這い上がる上向きの人生になるから。自分のどこがいけなかったの? そう思うクセがつくから。それがどんなに理不尽な出来事でも自分に原因ありと考えて、問題を分解して考えてほしいのだ。フィギュアのように転んで転んで、成功の精度を高めていくしかないのが人生なのだから。

スザンヌはなぜかその後、“元夫が子供と会って仲良く遊んでいる写真”をブログで公開したが、世間はその写真に多少の違和感を感じたり。これはひょっとすると「元夫が大バッシングを受けたのは、自分が記者会見したせい。自分が世間の同情を一身に集めてしまったせい」と、スザンヌが“反省”した結果、元夫をかばったのではないか? という見方があるのだ。だとすれば“いじらしすぎる”が、それがなおさら、今後の彼女を成功に導くことになるのだろう。失敗を認めると、もう面白いくらい良いことが起きるのだ。
ともかく何か悪いことが起きたら、それは好転の始まりと思うクセを。でも、決して急がないで。まず、言い訳せずにどん底まで落ちて、しばらくガマン。それができる人になろう。この2人みたいに。

3日に一度くらいは、失敗があっていい。心の中での失敗は多いほどいいのだ

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