12.得意分野はつくるもの? つくられるもの?
12-1: 吉田昌佐美版、美容ライターへの道
川端:まずは、吉田さんがライターになった経緯を教えてください。
吉田:もともとマスコミの仕事に興味があって、専門学校に2年半ほど通っていたんです。新聞の社説の要約の練習をしたり、評論家や作家さんの話を聞いて原稿をまとめるとか、レイアウトを起こすとか、編集の基本のキを学んでいました。ちょうどその頃、雑誌の創刊ブームで、講談社の新雑誌『ミス・ヒーロー』で読者記者を募集していて、それに応募したのがきっかけ。編集長から連絡をいただいて話をしたら、いきなり2日間のスナップ撮影を任され、カメラマンと2人で原宿に行くことになったの。
戸塚:えぇぇっ! それは緊張しますね。
吉田:若かったからとにかく声をかけまくった。相手が同世代ということもあって、みんな協力的だったし。たくさんの可愛い子たちに取材できて、なんと表紙にもスナップの写真が使われたの! それが認められたみたいで、編集長に「本気でやってみないか」と言われて、ライターの道に入りました。
村川:すごいですね!! 最初は、どんな仕事をされていたんですか?
吉田:私がライターを始めた'80年代は、何でもできるライターが重宝されていた時代。人物取材もショップ取材もしたし、撮影用の洋服にアイロンをかけるスタイリストのアシスタントみたいな仕事もした。そもそも、美容ライターというような専門的なジャンルが確立されていなかったしね。そんな中で、ラッキーにも最初から1ページの連載企画を任されたの。美容ページではなかったけど、そこで、撮影用の商品の借り方やカメラマンとのやりとり、打ち合わせの仕方、モデルのアポどり、原稿の書き方、赤入れの仕方、ゲラの返し方、校了の仕方などなど、すべてを学ぶことができたんだよね。
近藤:当時は、読者や大学生が参加してつくる雑誌がひとつのトレンドだったの。で、そうやって編集部に出入りして、なんでもやっていくうちに、雑誌をつくる仕事の流れが見えてくる。原稿を書く作業って、ライターの仕事のほんの一部なんだよね。
吉田:当時は、1ヵ月に1ページつくるのが精いっぱいだったから、ほぼ編集部に住んでいるような状態。で、ギャランティは3万円(笑)。両親は驚いていたけど、楽しかったから、全然それでよかった。それに、編集の基本は学校でも学ぶことができたけど、現場での仕事のほうがはるかに勉強になったと思う。
戸塚:なぜ、美容ページを担当することになったんですか?
吉田:たまたま美容担当の編集の方が産休に入ることになって、新しい担当者に「美容、興味ある?」と聞かれ、「やります!」って言ったのが始まり。最初は編集のサポートから始めて、慣れてきたところでメイクやヘアの企画を月1本のペースでやるようになったの。
楢崎:そのころ、すでに美容が好きだったんですか?
吉田:いやいや、それまで私はファンデを塗ったことも、眉毛も描いたこともなかったの。でも、実際にビューティの企画を担当してみたら、とても面白くって。眉の描き方ひとつで顔の印象がガラリと変わるのが感動的だったし、肌の機能なんてわからなかったけど、すべてが未知の世界だから、とにかく新鮮でのめりこんでいったんだよね。


















