1. 【齋藤薫の美容自身】女は、人生で2回、顔が変わる。美しく変わる人と、美しさを減らす人がいる。

斎藤薫の美容自身2

2018.11.14

【齋藤薫の美容自身】女は、人生で2回、顔が変わる。美しく変わる人と、美しさを減らす人がいる。

人気連載「齋藤薫の美容自身 STAGE2」。 今月のテーマは "女は、人生で2回、顔が変わる。" について。毎月第2水曜日更新。

【齋藤薫の美容自身】女は、人生で2回、顔が変わる。美しく変わる人と、美しさを減らす人がいる。

センスが悪い人は美しい顔になれない

 子どもの頃に目立って可愛かったクラスメイトが、大人になって再会したら“普通”になっている。そういうことって実は少なくない。同窓会は“若く見える人と老けて見える人の差”を見極める場として語られてきたけれど、それだけじゃない。“昔よりキレイになっていく人とキレイじゃなくなっていく人”がいることを見せつけられる場所でもあるのだ。

 とりわけ20代での同窓会では、別の驚きがあるもの。小学校、中学校では、それほど目立たなかった子が、目を見張るほど見違えていたりする一方で、あの子、あんなに可愛かったのに、どうして? と残念に思うことも少なくなかったりする。それは時に、若く見える人と老けて見える人の違い以上に、残酷な現実を突きつけることになるのかもしれない。

 それにしても不思議。持って生まれた美しさをキープするのはそんなに難しいことなのか? せっかくの幸運をなぜ無駄にしてしまうのか? 女として解せないが、そこが美しさの厄介なところ。

 ともかく、10代半ばまでは美しかったのに結局美人になれなかった人は、一体何が足りなかったのか? 結論から言うなら、ずばりセンスと自覚。センスって、何も服のコーディネートだけに使うものではない。大人の顔立ちがつくられていく時にも、実はセンスが使われる。断っておくが、これはメイクの話じゃない。あくまで素のままの顔立ちの話。センスのない人は知らず知らず、顔立ちも垢抜けなくなっていく。バランス感覚という意味でのセンスが伴わないと、やっぱりアンバランスな顔になっていくのだ。実際、ファッションセンスのある人は、自ずと美しい顔に成長しているはずなのだ。

 中学校の時の1年先輩に本当に美しい人がいた。将来は絶対女優さん、そう決めていたのに、申し訳ないけれど、大人になって再会したら、とても普通の人になっていた。一目でわかった。中学校の時はみな制服で、それがわからなかったが、およそオシャレというものに関心がないタイプ。自分を少しでも素敵に見せようという意識がない人だったのだ。

 センスというのは、子どもの頃からある人にはあるし、ない人にはない。もちろん、センスは育てていくこともできるけれど、やはり持って生まれたものが大きいのだ。じゃあ、大人になってしまったらもう遅いのか? 今さらセンスを鍛えてみても遅いのか? いやそうではなくて、厳密に言うとファッションセンス以上に、顔立ちを大きく左右するのが人間的センス。世の中見渡すと、むしろ30代から改めて顔が変わっていく人が少なくない。そこで大きな決め手となるのが、人間的センスなのだ。正直、“変わった人”ほど、顔が大きく変わっていく。心のバランスが悪いと、顔立ちのバランスも悪くなるという、どうしようもないメカニズムがあるからなのだ。

 その証拠に、人は鏡を見ないでいると、それだけで顔立ちが変わっていく。逆に言えばそれ、女は“鏡を見ること”で顔立ちをつくっていることの証でもある。昔、修道院には鏡が一枚もなかった時代、修道女の顔は次第に変わっていってしまったという。単純に、鏡を見ることはナチュラルなリフトアップにつながるから、たるみが早くなるのは理解できるが、それだけではなく、目鼻立ちのバランスさえ変わっていったというのだ。それは、美しくなろうという意志がないから。意識が顔立ちを変えていく、動かぬ証拠!

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子役が大人の顔になれないのは一体なぜなのか?

 さて、子役で鳴らした女優が成長すると、まったく想像しなかった顔になったりするのはよくあること。美しいか美しくないかではなく、それも人間の顔は変わるのだということを思い知らせる。

 逆に、同じように活躍した子役の中には、大人になっても大人の顔になれない人もいる。それは紛れもなく、大人になることに無意識に抵抗してしまうから。いかに子役の宿命とはいえ、年齢を重ねるほどに人気が落ちていくことへの抵抗感が、顔立ちの成長にブレーキをかけてしまうからなんだろう。それでもやっぱり人間は成長していき、大人の顔のバランスになろうとする力が働くから、うまくバランスが取れなくなったりするのだ。

 センスに加えてもうひとつ、“自覚”が顔立ちを変えると言ったけれど、自分はこういう顔でありたいという強い自意識だけでも人の顔は変わるのだ。それこそ子どもの頃、鏡を見ながら、ああ、この鼻がもう少し高ければ、私はもっと美人なのに、と鼻の先を引っ張ってみるような、そういうことが人間、実は多少なりとも必要で、子どもの頃からそうやって自分の顔を美しく整えたいという意識がないと、人間の顔立ちはあらぬ方向へ偏っていってしまう。

 そういう意味でも、自分が美人であるという静かな自覚がないと、やっぱり人は美人になっていかない。もちろん独りよがりの自意識過剰では意味がないけれど、ちゃんと客観性を持ちつつ、私は美人として生きていく、という静かな自覚を、自信以前に心に宿していることが、実はとても大切なのだ。つまり具体的に美人の佇まいを心がけること。たとえば、髪を長くする、ハイヒールを履く、フェミニンなスカートを穿く、たったそれだけのことが美人の気配をつくり、もう美人に見えてしまう。美人なんてその程度のものなのだ。だから美人の自覚は、美しくなるうえで、最も重要なのである。

 いずれにせよ、女は心のままの顔になる。そこで改めて思うのは、安室奈美恵はデビューの頃以上に、何というかピュアで清潔感のある顔になっている。40代だなんて信じられないほど、昔よりも清らかな顔立ちになっている。それもやっぱりあの人の謙虚さや気負いのなさ、いい意味での欲のなさみたいなものが顔に表れているということなのだろう。

 一方で、同年代のアラフォーでも、早々とネガティブな方向に顔が変わっている人もいる。それに気がついているのかいないのか、若さへの執着から必要以上にプチ整形を繰り返して、不自然に顔が変わってしまう人もいる。言い換えれば今の時代、整形でどうとでも顔を変えられるからこそ怖いのだ。人間、普通に歳を重ねてもこんなに変わらないだろう、というほど顔は変わってしまうから。

 顔って怖い。人間の顔って本当に怖い。まるで粘土みたいに形を変える。美しく生きればやっぱり美しい顔になり、バランス悪く生きれば、やっぱりバランスの悪い顔になる。そして顔の有り様は運命に直接関わってくるから怖いのだ。

 でも、顔だからこそ前向きに考えれば大丈夫。成長過程でセンスがなくて、美人になり損なった人も、美人の自覚で、せいぜい美人風に生きてほしい。さらにもう一度、衰える過程でも大きなチャンスが回ってくる。心のバランスを整え、人間的なセンスまで整えれば、顔立ちも間違いなく整ってくるのだ。

 だからこそ、今はっきり思う。正しく生きている人は、やっぱり神様からのひとつのご褒美として、美しい顔になる。いい人ほど美人。心の整った人ほど美人。ド美人じゃなくても見ていて気持ちのいい顔になる。そうでなければ、世の中おかしい。大昔、美人はみんな性格が悪いと言われた時代があったけれど、それは何やら不平等な世の中を、平等に見せようとする間違った調整がそこに働いたせい。本来、そんなはずはないのに、世の中そのほうが丸く収まるという見方もあったはず。しかし今やますます、正しく生きている人ほど美人。やっとそういう、わかりやすい法則が出来上がってきた。

 かくして人間は、人生で2回、顔が変わる。成長の過程で。また衰えの過程で。それを知らずにいると、女は運命上の損をする。もう一度、顔立ちは変わるのだと思い知ったうえで、人生を生き直そう。結局美人になることが、正しく生きた証なのだと知ったうえで。

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撮影/戸田嘉昭 スタイリング/細田宏美 構成/寺田奈巳