1. シャネルの香水――そのルーツと歴史、製造方法を密着取材!

2018.12.02

シャネルの香水――そのルーツと歴史、製造方法を密着取材!

私たちにとって特別な存在、シャネルの香り。背景を知るほどに確信するはず。それは、五感に響き渡る、グラース生まれの「芸術」なのだって……。VOCEが実際に南仏のシャネルの畑まで取材に行ってきた、生の情報をお届け。

シャネルの香水――そのルーツと歴史、製造方法を密着取材!

シャネルの香りの原料となる花を栽培しているグラースの畑を訪れると……? シャネルの香りが「特別」と言われる理由が、見えてきました!

グラース、それは香水の街……

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写真提供/シャネル

美容感度の高いVOCE読者にとって、「グラース=香りの街」は、常識に違いありません。でも……? じつは、香水が主要産業になったのは、18世紀終わりになってから。それまでグラースは、レザーのグローブやブーツ、車の部品など皮革製品の革なめし産業で栄えていた街。17世紀に革の香りづけの研究が始まるまでの数世紀、グラースには馬小屋のような匂いが充満していたのだと言います。


恵まれた気候、豊かな土壌を持つこの地は、香りづけのために必要な花を育てるのに最適だったため、ローズやジャスミン、チュベローズ、ミモザ、オレンジフラワー、バイオレット、ラベンダーなどの畑が、次第に地域全体に拡大。やがて、革なめし産業は衰退する一方で、香水産業だけが残り、香料の抽出からその取引にいたるまでがグラースに集約されのだそうです。

グラースでは、フレグランスの原料となる植物が、300年以上にわたって栽培されているそう。涼やかな風が吹き、地中海の日光を浴びた肥沃な土地は、フレグランスに用いられる香り高い花々にとって理想的な生育条件を実現しているのです。そう、グラースは紛れもなく、フランスの香水産業発祥の地。こうして、「グラース=香りの街」になったのです。

実際にシャネルの畑を訪ねてきました!

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今回、VOCEが訪ねたのは、シャネルフレグランスの原料のためだけに5つの花が栽培されている畑。ちょうど、シャネル Nº5のキーとなるジャスミン、ガブリエル シャネルのキーとなるチュベローズが咲く9月半ばのこと。穏やかな青空とそよ風に包まれながら、実際に、畑体験。

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まず、シャネルとパートナーシップを結び、フレグランスの原料である花を徹底的に管理しているミュル家のジョセフ ミュルさんが、ジャスミンやチュベローズを摘み取りながら、丁寧に説明してくれました。「どの花も非常にデリケートで、温度や湿度、陽射しによって、まったく違う花になります。まるで愛情を注いで我が子を育てるように、一年を通して、面倒を見ているんです。花は生きている、だからこそ、香りは生きているんです」(ジョセフ氏)。花に向けるのと同じ優しい眼差しを向けてくれるジョセフさんに、心底、癒された私たちでした。

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そして、花摘みをする女性たちは、エプロンポーチを腰に巻いて、収穫。花をひとつひとつ丁寧に摘み取り、このポーチがいっぱいになると、バスケットに集めるという作業を繰り返します。その手際の良さと言ったら! あふれんばかりの花びらを入れたバスケットが次から次へと運ばれ、次のステップへ。

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私たちも、彼女たち同様、エプロンポーチを腰に巻き、収穫にトライ。少し摘むだけで、手のひらの奥の奥までが花の香りに染まるほどの花びらパワーに感動しました。「花はもっとも贅沢な原料」(ジョセフ氏)という事実を、身を以て体感。

そして、「まるで、俳優のようなオーラ」と私たちが夢中になったのは、シャネルの4代目調香師、オリヴィエ ポルジュ氏。「グラース産のジャスミンは、よりフレッシュ、よりクリーン、少しお茶のような香りがします。一方、チュベローズは、中でも非常にデリケートで、数時間後には茶色になってしまう花。個性を主張する官能的な香りを放ちます。これらの花々のクオリティが維持できなければ、シャネル Nº5もガブリエル シャネルも、そのクオリティが維持できないんです」(オリヴィエ氏)。調香師の仕事が、畑から始まっていることを改めて痛感。

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1kgのコンクリートを得るのに必要な花の重さは、ジャスミンが700kg、チュベローズが、2トン。シャネルのフレグランスがいかに貴重なものかがわかるはずです。ひとつひとつの花が、まるでアートのように繊細に緻密に紡がれた、シャネル Nº5、ガブリエル シャネル……。贅沢な原料に触れたことで、もう一度、背筋を伸ばして、一滴一滴、纏いたくなりました。生きている花を、生きている香りを。

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五感に響き渡る、グラース生まれの芸術

Image title写真提供/シャネル

今回、収穫体験をしたチュベローズは、ガブリエル シャネルのキーとなる花。イランイラン、ジャスミン、オレンジフラワーとともに、究極の白い花が輝く究極のフローラルです。グラースでは、ジャスミンよりもはるか昔に栽培されていたチュベローズでしたが、収穫量とコストの関係で絶滅寸前に。残された球根を買い上げ、2011年から自家栽培を。ひとつの球根から伸びた花茎は1~1.5メートルの高さまで生育、すぐに20~22輪の花を咲かせます。非常に香りが強く、3~4つの花で部屋が香りでいっぱいになるほどなんです。開花は8月から11月のおよそ4カ月で、まだ太陽が高くならない早朝に、素早く花を摘むのだそう。小さな花びらは麻袋いっぱいになると、工場へと運ばれ、その際にはほかの花の香りに「汚染」されないよう、特別な袋が使用されます。

遡ることおよそ30年、1987年に、3代目調香師・ジャック ポルジュ氏の先導により、シャネルはグラースで5世代にわたって花の栽培農家を営み、サステナブルな農法にこだわり続けるミュル家と独占的に契約。当時、それは、異例のことだったそうです。契約した理由は「CHANEL Nº5の品質を保つため」。つまり、シャネルの香りを紡ぐためにもっとも大切な原料の「質」と「量」を永続的に維持するためだったのです。その後、CHANEL Nº5の原料であるジャスミンやローズ ド メに、ゼラニウム、アイリス、チュベローズが加わり、現在では5つの花がシャネルのフレグランスのためだけに栽培されていると言います。

エレガントで凛とした佇まいでありながら、摘まれたあとも48時間は芳香分子を再生し、ミステリアスな香りを半永久的に放ち続けると言われるチュベローズ。半面、極めてデリケートなのもその特徴で、ジョセフ氏を始めとする専門的な知識や豊富な経験を持つプロフェッショナルが細心の注意を払い、厳格に管理し、「努力」を怠ることなくしっかりと「愛情」を注がなくては、栽培も収穫も決して成立しないのだそうです。それはまるで、布を紡ぐ糸から厳しく創り出すようなこだわりぶり。これこそが、シャネルの香りがオートクチュールと言われる所以なのです。

職人技が際立つ、誇り高き「手仕事」。

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写真提供/シャネル

どんなに愛情たっぷりに栽培・収穫された花々も、加工までに時間を要するようでは、クオリティは保てない。収穫後、数時間で茶色に変色してしまうほど繊細なチュベローズなら、なおのこと……。そこで、シャネルは、畑と工場が近いことに固執し、契約直後の1988年、畑の中央に工場を建設したそう。実際、私たちの目の前でも、収穫された花々が、次から次へと新鮮な状態のまま速やかに運び込まれ、その場でコンクリートやアブソリュートといったフレグランスのエレメントに加工されていきます。

ここで行われるのは、受け継がれたノウハウを重んじながらも、先進を極めた抽出方法。チュベローズはかつて、アンフルラージュ法(無臭のラードの膜の上に花びらを広げ、ゆっくりと香りを抽出する方法)が用いられていましたが、現在では、揮発性溶剤を用いて、さらに豊かな香りを引き出しているそう。まず、抽出タンクに花びらを入れ、金属グリルの上につぶれないように乗せる。花びらを詰めて蓋を締めたら、溶剤を流し入れる。コンクリート(揮発性溶剤を用いて花々を抽出したあとに得られる固体、または半固体の物質)を分離させる。最後に、コンクリートをアルコールで洗浄して、アブソリュートに加工され、1トンの花で1リットルのエッセンスになります。それによって、花々の香りを最大限に引き出すことができると同時に、まったく新しい原材料が生まれるのだと言います。こうして、花からフレグランスが生まれる全プロセスを徹底して管理、確かなトレーサビリティが得られるのです。

ちなみに、この工場、じつは花を加工するだけでなく、花の芳香成分の試験を行う研究所でもあると言い、そのクオリティを高めるためにつねに研究がすすめられています。伝統を未来へとつなげるために、シャネルとミュル家が強い絆で結ばれ、新たな挑戦を続けているのです。

畑を管理するジョセフ氏。4代目調香師であるオリヴィエ氏。収穫する人から、抽出する人まで、その間をつなぐ、誰ひとりとして欠けては香りへと辿り着けない職人たち……。シャネルのフレグランスは、メティエダール(芸術的な手仕事)によって生まれているのだと確信しました。

撮影/VOCE編集部