1. 【独占インタビュー・前編】藤原史織はなぜ「ブルゾンちえみ」をやめる決断ができたのか?

2020.06.10

【独占インタビュー・前編】藤原史織はなぜ「ブルゾンちえみ」をやめる決断ができたのか?

【独占インタビュー・前編】藤原史織はなぜ「ブルゾンちえみ」をやめる決断ができたのか?

社会に出て数年経った頃、「このままでいいのかな?」と、将来に不安を覚えたことはないだろうか。藤原史織さんは、「ブルゾンちえみ」を「3年」ですっぱり、やめた。しかも、国民的な人気を博している真っ最中に。常人にはできない前人未到の大ジャンプをきめた藤原史織・29歳は、一体どこへ飛び立とうとしているのか?

【お話を伺ったのは……】

藤原史織さん

藤原史織さん
1990年生まれ、岡山県出身。島根大学教育学部中退。2017年に「ブルゾンちえみwith B」としての活動で大ブレイク。決め台詞「35億」がその年の流行語大賞に選ばれるなど、国民的スターとなる。3月31日に所属していたワタナベエンターテインメントを退社。
【Twitter】@FujiwaraShiori
【Instagram】shiori_f83
【note】https://note.com/shiorif83

心が満たされないのなら、お金も名誉も意味がない

2020年3月末で事務所を退社。4月から「ブルゾンちえみ」改め、本名の「藤原史織」で新たなスタートを切った彼女に取材依頼をしたところ、ご本人からメールが届いた。通常、タレントといった有名人の場合、マネージャーがスケジュールなどの交渉事をするが、藤原さんは事務所を辞めた後、ひとりですべてを切り盛りしていた。

「本当は4月から、一目惚れしたイタリアに留学しようと思っていたんです。このコロナ危機で延期しましたが、がっつり仕事をする気もなかったので、まあ、ひとりでとりあえずやっていこうかなって。今の私の優先順位としては、一番に身軽で、できるだけコンパクトでありたいんです」

芸名を捨て、黒髪のボブカットを短く切り、タイトスカートを脱ぎ去った彼女は、文字通り身軽になった。とはいえ背負ってきたブランドは、まだまだいろんな意味で彼女を潤してくれたのではないだろうか。貧乏性の自分には到底できない離れ業である。

「私はマツコ・デラックスさんや黒柳徹子さんのような、本音でビシッと意見を言ってくれる人が憧れなんですけど、ブルゾンちえみもそのひとつで、自分の理想を詰め合せたような存在でした。でも、本当の私はすべてを知っているキャリアウーマンには程遠く、自分自身の言葉で話すには、圧倒的に経験不足だと感じていました。そうして自分とブルゾンちえみとの乖離が徐々に、ぽつとぽつと振ってくる天井の雨漏りのように気になってきて、応急処置で直しても間に合わなくなってきました。事務所に所属しながら留学したり、テレビを一旦お休みするような“リフォーム案”もありましたが、それじゃあ根本的な修理にはならず……。だったらと、大規模な“建て直し”を決意したんです」

藤原史織さん

「 #白いカバーみたいなやつそもそもなんて呼ぶん 」とつぶやいた、お家でチャイナの図。「Stay Home」期間も藤原さんらしいユーモアの効いた投稿が心を和ませてくれた。Instagramより

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幼少期から団体行動が苦手で、空気を読むより、自分を素直に出せる環境を選んできた彼女は、未来への第一歩を「ブルゾンちえみ」という安定物件ではなく、「藤原史織」という更地から耕すことにした。その決断に、周囲の反応はさまざまだった。

「楽しい時はほんの一瞬で、やりたくないと思っている時間の方が長いような仕事は、しんどいと思うんです。いくらお金や地位や名声があったって、心が満たされないなら意味がないし、結局、『一体なんのために働いてるのか』ってところに戻ってきてしまうような気がして。でも私がこういう話をすると、『やりたくないことも我慢してやるのが仕事だ』とか、『そんな子どもみたいなこと言って』と言う人もいました」

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私は現実逃避野郎です。

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