
昨今、美容業界で話題なのは、環境にいい“ビーチフレンドリー処方”の日焼け止め。「海を守るために日焼け止めを選ぼう」というのが新しい常識になりつつある今、では、どうして日焼け止めは海を汚すのか……海洋研究の専門家にその実情を教えてもらいました。
【STOP!海洋汚染】シリーズはこちら!
- 毎日使う日焼け止めも海に流れているという事実。ナノ化技術が海洋生物を危険にさらす!?【STOP!海洋汚染Vol.2】
- 海や川はゴミ箱ではない!水を使わずに化粧を落とすという選択肢【STOP!海洋汚染Vol.3】
- 化粧品を使う私たちが海を守るためにできること【STOP!海洋汚染Vol.4】
- 海を汚さないためにクレンジングは拭き取って可燃ゴミに!【STOP!海洋汚染Vol.5】

海洋政策研究所所長
阪口秀 先生
1981年4月 京都大学農学部農業工学科 入学、1985年4月 京都大学大学院農学研究科修士課程農業工学専攻 入学、1987年4月 京都大学大学院農学研究科博士後期課程農業工学専攻 入学。神戸大学農学部助手、オーストラリア連邦科学技術研究機構(CSIRO)主任研究員、海洋研究開発機構数理科学・先端技術研究分野長、同理事等を経て、現在、笹川平和財団海洋政策研究所長、笹川平和財団常務理事。
SDGsの目標の14番目に『海の豊かさを守ろう』というのがあります。海洋と海洋資源を持続可能な開発に向けて保全し、持続可能な形で利用する、と書かれていますが、実際に頭の中に【海の豊かさの危機】を明確に思い浮かべられる人はどのくらいいるでしょう?
今回お話を伺ったのは笹川平和財団海洋政策研究所長の阪口秀先生。「コスメが大好きなVOCEの皆さんと海の現状には、とても深い関わりがあると思います」という阪口先生。まずは海で問題になっている“日焼け止めの成分”について。最近は“ビーチフレンドリー”を謳った日焼け止めもたくさん発売になっていますが、海の現状と日焼け止めとの関係の真実に迫ります。
日焼け止めの配合成分である紫外線吸収剤が、珊瑚に及ぼしている影響を改めて解説

阪口秀先生(以下、阪口)
VOCE読者の方も「珊瑚が死滅している」という話題は聞いたことがあると思います。きっかけとなったのは地球温暖化が始まったことでした。2000年に入ってから海水温が上昇して、珊瑚や海藻系が死ぬという状態が多々見られるようになってきたんです。基本的には“海水温上昇”が原因だろうと思われていたのですが、それと同時に昔から「日焼け止めに入っている重金属は問題ではないのか?」という話がありまして。とはいえ、量的にはさほど多くないので影響はあまりないだろうと思われていたんですが、実際に調べてみると年間世界中の海で、約800トン〜1500トンくらいの重金属が海に流出していることが分かったんです。

VOCE編集部
それは想像よりかなり多いですね。

阪口
日焼け止めの中に入っている【紫外線吸収材】は比較的重たい成分なのでどんどん海の底に沈んでいきます。これを一年間だけで考えるなら海水の量と比較しても大した量ではないかもしれませんが、長年そのまま放置すれば、確実に蓄積されていくはずと考えた研究者が【どのくらいの濃度の化学物質が海洋生物にどのくらい影響を及ぼすか】についてさらに研究を重ねたんです。するとやはり珊瑚の死滅に影響しているのは海水温の上昇だけでなく、日焼け止めの成分も重要なファクターだということが判明したんです。

VOCE編集部
日焼け止めに使われているそれらの成分がどのように珊瑚に影響するのでしょうか?

阪口
珊瑚はちょっと変わった生き物で、動物でも植物でもあるんです。珊瑚の中には珊瑚と一緒に住んで栄養をもらっている共棲生物(褐虫藻)がいます。その褐虫藻が日焼け止めの成分によって珊瑚からいなくなると、珊瑚も死んでしまいます。実際、海水温が上がることでも珊瑚が育たなくなるのも事実なのですが、たとえば、ハワイのような観光地にある珊瑚礁では観光客が多いエリアのほうがより広く破壊されていたため、その理由をある研究者が深掘りしていきました。

VOCE編集部
やはり海水温上昇だけの問題ではないですね。

阪口
最初は「人が踏むからだ」といった話もあったのですが、当時はとても強い日焼け止めが主流だったのもあり調べてみたところ、いわゆる人が入る“ビーチ”周辺のほうが紫外線吸収剤の濃度が高く、ビーチとして開放してないところの珊瑚礁と比較したら数値に大きな差があったそうです。やはり紫外線吸収剤の影響が大きいのだという判断になり、そこからあっという間にハワイやパラオ、ミクロネシアなどで紫外線吸収剤の入っている日焼け止めが禁止になりました。一番厳しいのがパラオで、現在10種類の成分が使用禁止となっています。
【パラオで禁止されている10種類の成分】
オキシベンゾン※/オクチノキサート※(メトキシケイヒ酸エチルヘキシル・メトキシケイヒ酸オクチルなど)/オクトクリレン※/エンザカメン/トリクロサン/メチルパラメン/エチルパラベン/ブチルパラベン/ベンジルパラベン/フェノキシエタノール
※は紫外線吸収剤
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海の中で何が起きているのか?