連載 齋藤薫の美容自身stage2

陶酔カップルの別れ~まわりが見えない不幸せ~

公開日:2015.04.23

人気連載「斎藤薫の美容自身 STAGE2」。 毎月第2水曜日更新。

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街なかでキスするカップルも、もう珍しいものではなく、「ワー、見て見て」なんて騒いでしまうと、そのほうがよほどみっともない時代になった。見て見ぬふりするでもなく、「ヒュウヒュウ」と囃し立てるでもなく、景色の一部としてサラリと見る、これが“いちゃつきカップル”の正しい見方なのである。

ただ、同じいちゃつきでも、じつに危なく自分たちの世界に入りこんでしまっているカップルも多く、彼らの抱擁は、景色の一部にはなり得ない。電車の中でよく見かける“陶酔カップル”の多くは、体をピタリとくっつけ合って、時には目と目を合わせて瞬きなし、そのままピクリとも動かない。「オーイ!」と呼んでみたくなるほど、二人してどこかへ行ってしまっているのだ。そして、そこまでまわりが見えないと、抱擁は見た目に美しくない。「あれは25歳をすぎて“初めて同士”がくっついた時に起こる、一種の幻想症状」とある人は言った。世界が二人のためにあるのはわかるが、人前で堂々と抱き合うなら、せめて美しい景色の一部になろうとする配慮くらいは欲しいわけである。

でも、そういうカップルはその後どんな道をたどるのだろう。人の恋愛に口を挟むつもりはないが、あまりにも陶酔の烈しい男女の行くえは、やっぱりちょっと心配だ。

なぜなら、ああいう二人のデートはほとんどの時間が陶酔でうめつくされていて、まともな会話をしていない。見てきたようなことを言うが、夜の道端でキスをしているカップルは、それまでの時間をお食事してお酒を飲んで、気持ちがすっかり盛りあがった結果としてああしてるのであって、一応の流れはある。でも電車の中の陶酔カップルは、日中の電車の中からああだから、どこへ行っても何をしても、たぶん全編あのままなのに違いないと思うわけだ。電車から降りたとたん、お互いを理解し合うための深い会話をしはじめるとは思えない。相手を知ることより、まず“愛し愛されてる自分自身”に酔ってしまっているのだから。

しかし、2年も3年もあのままジッと抱き合ってるわけにはいかない。抱き合ったまま結婚まで行ってしまえば問題はないが、単にどちらかが酔いから冷めてしまった時、そしてまだ一方が酔ったままの場合、ちょっとした悲劇が起こるという。いわゆるストーカーを1人生んでしまうのである。

アカの他人に勝手に恋をし、とてつもない妄想を抱いてストーカーに走るヤカラは別として、“昔、付き合っていた相手”にストーカーまがいの追っかけられ方をする場合は、相手が夢から覚めないうちに、自分だけ冷めてしまった場合がとても多いというのだ。たぶん、お付き合いの中で、よーく話をし、お互いをよーく知っておけば、仮にどちらかが冷めても、相手はストーカーにはなり得ない。会話もろくろくせずに、いきなり陶酔に入ってしまうから、こわれた時に歪むのだ。いい眠りに入っている時に、突然起こされると無性に腹がたつのと同じ。怒ってる上に歪むから、ストーカー行為に走るのだ。

恋愛をしはじめたら、早いうちに相手の友だちや自分の友だちに会い会わせするのがコツと言った人がいた。まわりが見えるようにしておく、ひとつの方法ではある。まわりを見ないまま“起承転結”のすべてをすませてしまうと、その恋愛は何も身にならないしネともその人は言った。

客観性が必要なのは、美容も恋愛も同じ。まわりが見えない一人よがりの人は、美容しても恋愛しても、成長はないし、美しくも見えない。恋は盲目と言うけれど、目に何かを近づけすぎるとぼやけて見えなくなるように、5cmの近距離でお互いを見つめ合ってるカップルも、じつは相手をまるで見ていないのかもしれない。単なる一人よがりのラブシーン。美しく見えないのは、たぶんそのためなのだろう。

道のまん中でキスする男女は、まわりを無意識に意識せよ

見てないようで、みんな見てる。そういう光景に出喰わすようになってまだ数年。欧米とは歴史が違う。それに、抱擁や人前キスの歴史も大きく違うから、まだ体で覚えてないって感じ。人前でやるのなら、せいぜい美しーくやってほしい。美しい抱擁はどっぷり陶酔カップルに見えないからフシギ。

Edited by 齋藤 薫

公開日:2015.04.23

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