連載 齋藤薫の美容自身stage2

誰も言わなかった結婚と美容の、深い関係

更新日:2021.02.22

人気連載「齋藤薫の美容自身 STAGE2」。 毎月第2水曜日更新。

人気連載「齋藤薫の美容自身 STAGE2」。 毎月第2水曜日更新。

生涯最良の日は、そりゃあ生涯一美しい日でありたい。でも、それってあまりにも古風なネガティブ発想。
大昔から脈々と続く、結婚と美容の抜きさしならない関係を、もうそろそろ切り離すべきなのだ。
でないと女の美しさは、結婚同様、幻想に終わる。

「あの子、結婚したのにちっともキレイにならないで終わっちゃって。もったいないよねー」という、こわい噂話を聞いたことがある。女は、結婚が決まると急にキレイにならなければいけないし、結婚式当日にそのピークをもってこないと、何を言われるかわからない。「幸せじゃないのよ。きっと!!」みたいな憶測も生みかねない。大体がウエディングプランの中にエステ何回コースが入っていたりするのだから、逃れようもないわけで、結婚に一世一代のキレイをきっちり合わせるのは日本の常識なのかもしれない。

もちろん花嫁は汚いよりキレイなほうがいいに決まってる。でも、1年後くらいに「あれがあの時の花嫁さんかい!?」と親戚のおばあさんが叫んでしまうほど、日常との落差が激しいのはどんなものだろう。確かに昔、結婚の当日に初めて相手の顔を見るような時代、生娘のまま妻になり、あとはひたすら地味に家を守るだけの女にとって、結婚式の白塗りはそれこそ一世一代だったろう。でも今どき、その日だけダントツにキレイであることに何の意味があるのか。私は思う。お式に人を驚かすほどキレイになれるなら、なぜ他のすべての日に、そのレベルを保てないの?と。

アイラインとかマスカラを頑なに塗らない友だちがいて、「なんで?」と聞いたら、「それは最後の切り札だから今はガマンしてるの」という。「最後っていつ?」って聞いたら、これが結婚式。半年後に彼女は結婚を控えていた。「少しはみんなをビックリさせたいもんね」この気持ち、私にはまったく理解できない。「あの人あんなにキレイだったっけ」と噂されて、一体何の得があるのだろう。

“馬子にも衣装”は昔の話

女はなぜか、結婚するまでロクな家具を買わない。気がつけば、いい大人がミッキーマウスのタンスなんかの中で暮らしていたりする。しかしそこまで粘っても、新居に完璧な形で詰めこんだ嫁入り道具は、3日であきて、あとはもう夢も何も生まない。人の暮らしって、結婚前も後もなく、夢や生きがいをどんどん増やしてくれるものではないのか。だから新居は未完成であってかまわない。大事なのは、人が生きてる間中、何かを生み続けることなのだから。

結婚とキレイの関係もまるで同じ。当日にキレイのピークを合わせ、その前と後はガマンとあきらめで、キレイを眠らせてしまうのは、女として悲しすぎる。“お式の写真”を時々引っぱり出しながら、「ママはこんなにキレイだったのよ」を口グセにするより、「ますますキレイになっていくママがコワイ」と娘に言われるくらいでなきゃ。女は、結婚前も後もなく、生きている間中、キレイを生み続けていかねばならないのだから。「結婚は、ハズミ」という言い方があるが、ひょっとしたらキレイにおいても結婚はハズミをつける程度のもの。幸せならば、女は放っておいてもキレイになる。まして結婚式はみんなに穴のあくほど見られると思っただけで、キレイは奮い立つだろう。自分でも知らなかったキレイがハズミで飛び出すこともあるはずだ。それを新たなキレイのスタートにして、次の美しさを毎日積みあげていったらいい。“馬子にも衣装”は昔の話。花嫁衣裳を着なくても、周囲がハーッとため息をもらす美しさを目指したって神様のバチは当たらないはずなのだ。

いいことを思いついた。明日を結婚式だと思うのだ。花嫁の自分をイメージしてメイクするだけでいい。大丈夫。そうすれば、本番のあなたはその数倍もキレイなはずだから。待つことはない。明日にキレイのピークを合わせよう。

Edited by 齋藤 薫

公開日:2015.04.23

Serial Stories

連載・シリーズ