連載 齋藤薫の美容自身stage2

心に背く化粧が正しい。強がりや、幸せのふりをすることに化粧の意義あり

公開日:2015.04.23

人気連載「斎藤薫の美容自身 STAGE2」。 毎月第2水曜日更新。

人気連載「斎藤薫の美容自身 STAGE2」。 毎月第2水曜日更新。

20代の頃、何もかもがイヤになって、ついでにメイクするのさえイヤになったことがある。素顔でお出かけなんてありえなかった自分が、人と会うというのに、まるっきりのスッピンで出かけた日。こういうのを皮肉な運命とでも言うのだろうか。学生時代に好きだった(軽く付き合っていた)人とバッタリ会ってしまう。しかも当時、失恋したばかりの私は、浅はかにもその“昔の彼”に連絡しそうになっていた。人間、淋しいと身勝手になったり、ずるくなったりするもの。あわよくば縒りをもどせれば……なんて思っていた。でも「なんか、用?」と、心に背く化粧が正しい。強がりや、幸せのふりをすることに化粧の意義あり氷のような第一声がもどってきたら、この弱っている時にたまらないと思い、電話を一日のばしにしていた頃……。それが逃げも隠れもできない電車の中、くすんだ肌とぼやけた目、唇アレなんかもあったスッピン顔で、運命の再会を果たしてしまうとは!!

「変わったねェ、わかんなかったよ」いきなりそう言われ、しまったと下を向く。それを彼は恐ろしく正直に「不幸そうだよ、おまえ」と言うのだった。不幸な女に“不幸そう”と言うのは、ハゲた男に“ハゲてますよ”と言うより酷である。私はその日以来、彼のことが頭をよぎるたびに、死ぬほど落ち込むという“条件反射”に陥っていた。けれど、不幸な女はどうあっても、不幸な顔で歩いちゃいけない。辛い女は何が何でも辛い顔で生きちゃいけないと思い知るのだ。そして私は、悩みがあったり辛かったりする時ほど、メイクをきっちりし、昔の彼にバッタリ会った時、ぜったい「幸せそうだな、おまえ」と言われよう。いや、あまりに幸せそうで、声も出ないくらいにしとかなきゃと思ったもの。けれど、そう心がけているうちに、私はスゴイことに気づくのだ。

ひとことで言えば、“化粧”は“心”より強いということ。心とは裏腹の化粧をすると、心が負けて、化粧が勝つ。やがて、心は化粧につられ、化粧にのりうつられてしまうという事実だった。自分が弱っている時に、強気のメイクをするのは、確かにしんどい。弱った素顔は、目鼻だちの輪郭がいちいちぼけてるし、肌にはもちろんツヤがない。そういう顔に気持ちよくメイクできるはずもなく、ラインは弱々しく、粉ものはより粉っぽく、色も冴えずに、まず化粧映えは望めない。従って化粧時間は、いつもよりだいぶ長くかかる。でも、それでなきゃいけない。2倍、3倍、いや長ければ長いほどいいのだ。そう、弱った心を奮いたたせるのは、まずこの化粧行為そのものだからである。

化粧行為には、心の中の老廃物を、体外へ排出する力がある。朝寝坊して、鏡の前に落ち着いて座ることもなく、1~2分でワサワサと化粧をすませた日は、きのうの疲れや夕べの落ち込みや、これまでにたまってきた負の感情を、すべて引きずった顔になる。たとえば、例の日の私のスッピンがそれだった。毎日がスッピンの人は、素顔が鍛えられ強くなっているから、暗い心に支配されることはないが、日頃メイクをしている人は、素顔に免疫がなく、負の心に肌のキメのひとつひとつまでが染まってしまうのだ。だからまず時間をかけて、心を追い出そう。その日の疲れはその日のうちに取らないといけないと言われるが、負の心も同じ。毎朝毎朝、メイクで体外へ排出しておかないと、女の顔には不幸感がしみついて、取れなくなる。結果、いたずらに歳をとってしまうのだ。

逆を言えば、充分に幸せな時はメイクなどどうでもいい。目や表情の輝きだけで出かけられる。そこに入魂のメイクをすると、婚約中の女性の顔が妙にくっきり濃く見えるように、少々暑苦しくなりすぎるのだ。自信満々、強気の時もほんのり淡い、線の細いメイクの方が美しい。化粧は心と逆、心と裏腹であるべきだ。そして化粧で心を操ることができたら、美容も本物。人生だって操れる!!

ギリギリのところで、“不幸な女”を救ったのは、流行色のネイルだった。

“昔の彼”との悪夢のような再会にも、じつはこんな後日談がある。あれから10年、昔の仲間の集まりで、再び顔を合わせることになった私たちも、だいぶ歳をとり、お互い何のわだかまりもなくなっていた。でもやっぱり出たあの言葉「おまえホントに不幸そうだったよな。何かあったの?」。だから私は、からかうつもりで「そうなの、ちょうどあの日は自殺でもしようかなと思ってた日でね……」と答えてやった。しかし彼は「ウソつけ。あの時、派手ーな色のマニキュアしてたじゃない。あんな爪した女が、死ぬかよ」と。

私にはまったく覚えがなかったが、いつも基本的に化粧が濃いめだった私が、スッピンで電車に乗っていること自体に異変を感じ、彼はそれなりに心配したらしかった。でも当時流行っていた“ショッキングピンク、パール入り”をメラメラさせていたので、こりゃ大丈夫だと思ったとか。

女はストレスがある時、なぜか悶々とネイルを塗り出す習性をもっている。忙しい仕事中に限って突然塗り出したりするものなのだ。その時の唐突なネイルも、そういう乱れた心の象徴だったのだが、男にそこまでわからない。だからそこまで不幸のどん底に落ちた女にも見えなかったのだろう。顔は死にそうでも“今どきネイル”をしていると、それほど不幸な女に見えないってことを学ばせてもらったわけである。

Edited by 齋藤 薫

公開日:2015.04.23

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