連載 齋藤薫の美容自身stage2

“先天性の美人”より”後天性の美人”のほうがより美人である事実について あるいは”後天性ブス”の恐怖について

公開日:2015.04.23

人気連載「斎藤薫の美容自身 STAGE2」。 毎月第2水曜日更新。

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子供の時からチヤホヤされ、大人になっても順当にチヤホヤされつづける“先天性美人”。一方、子供の頃はパッとしなかったのに、大人になって急にパッとした“後天性美人”・・・・・・さて、どちらが得だろう。得か損かと言ったら、そりゃあ人より長くチヤホヤされる先天性の方が得だけど、三つ子の魂百まで・・・・・・で、一度知った快楽を人はなかなか忘れられず、チヤホヤされつづけるためだけにキレイを死守してしまうケースも多く、キレイに生まれて良かったネとはならない、わりに過酷な人生を歩まされるのだ。それに比べて後天性の美人は“運命は自分で切り開くもの”という自信と勇気をひとつずつ手に入れる。その分だけお得というわけ。

けれど、“後天性の美人”にもじつは2種類ある。“先天性の美人”より“後天性の美人”のほうがより美人である事実についてあるいは“後天性ブス”の恐怖についてそもそもなぜ、子供の頃は冴えなくても、将来美人になれるのか?まず、“子供らしくない老け顔”だった場合。いいものは持ってるのに親も自分もそれに気づかず過ごしてしまう自覚のないタイプ。この人たちは化粧を始めたとたん一度30歳くらいまで老けてしまうのが特徴だが、おっといけないとメイクがこなれていくにつれ「こんなに美人だったんだ!?」と周囲を驚かすことができる。そしてこういう後天的美人は、同じ顔だちなのに、キレイと言われたり、言われなかったりする“キレイの不条理”を、すでに身をもって体験しているから、美人になった現実を、わりに淡々と受け入れて、無理のない美人の人生を送っていく。

じつは私の友人にも、まったくこのタイプがいて、開花したのは、17歳の時。体重で言えばわずか数キロだろうが、大人の体になるのに従って、それこそ数日間でワッと美人になった子がいたのだ。今思うと本当に不思議で、私たちも驚いたが、もっと驚いたのは周囲の男の子たち。「あの子、誰?あんな子、いた?」と騒然となり、美人の転校生とかより有名になったのだった。

けれども彼女自身は、この現実を冷静に受けとめ「ちょっとやせただけなのに・・・・・・」と、美人である自分にのめりこんだりはしなかった。20代の時、この女性に会ったら、また何倍も美しくなっていたが、かつての冴えない、男の子に名前も覚えられない少女時代を、未だ下地にしているのか、キレイがどこか謙虚だったりもして、美しさが透明に見えたもの。一方、子供の時から“大人になったらキレイになれる”と夢見ていた少女は、早熟に大人のお洒落を始めて、10代の終わりには主に着るものと髪型とメイクで、何となくだが、美人の雰囲気を作り上げる。

けれど、うっかり気を抜くとたちまち壊れてしまう危うい美しさ、だからこれもどこか謙虚になれる。後天性の美人が先天性の美人に比べて強引さや傲慢さが少ないように感じるのは、やはりチヤホヤされない立場も知っているからだろう。そしてキレイが移ろいやすいのを知っているから、キレイをとても大切にする・・・・・・その姿勢が美しいのじゃないかと思う。

さて、性格ブスは“後天的ブス”の代名詞だが、中でももっとも深刻なのが、“横着ブス”だろう。「ブスは可愛いが、横着ブスには腹がたつ」と言った男がいたが、これは大変な真実だと思う。

横着とは言うまでもなく、図々しくフテブテしく何かを億劫がること。歩いているだけで、ご飯を食べているだけで、横着は他人に伝わるし、人間関係に横着になれば、他人はもう近づいてこない。何かに対して横着な女は、独特なオーラを放ってしまうものなのだ。「私は別に愛されなくていいのよ」という、ひねくれたオーラが。

“誰にも愛してほしくない女”がこの世にいるはずない。思うようにキレイになれないとか、自分だけ幸せになれないとか、自分が嫌いという不平は女なら誰でも多少は持っているものだが、それでも愛されたいという気持ちまでは失わないから、ブスも可愛いのだ。ところが、女としての最低限の願望である“愛されたい”という感情を投げ出してしまうと、女は何もかもが横着になる。女でいることも生きることも。すると女はたちまち、救い難い横着ブスになり下がってしまう。愛されないことにイラだち、やがて開き直ってしまうと、ブスでも美人でもみんな同じ“愛されたくない顔”になっていくのである。同じように生きることに横着になった男は、誰の目にも入らないほどカゲが薄くなるが、横着になった女は逆に存在感を増すから、腹立たしく映るのだろう。

ちなみに、横着ブスは不思議にスッピンではなく化粧をしているもので、化粧をする女が、誰でも愛されたい純粋な心を持っていると思ったら大間違い。「化粧なんて、しとけばいいんでしょ」という横着な心でも、ファンデと口紅くらいはいくらでも塗れる。でも、そういう化粧は、醜い横着をより醜く見せてしまう。だから恐いのだ。

女は別に美人に生まれなくていい。子供の頃に可愛くなくても、チヤホヤされなくてもいい。大人になるにつれ、人に愛される喜びを知るにつれ、“まっすぐに愛されたい生き物”になっていくこと。それが何より大切なのだ。あの故元ダイアナ妃が、夫に愛されなくても美貌を増やしたのは、決して開き直らず、健気なまでにまっすぐ愛されることを待っていたから。愛されたい心は、すべての女性にキレイを与えるのだ。だから女は死んでも、愛に横着になってはいけないのである。

“後天性ブス”にならないための美容法。それは、3つのセンスを磨くことにつきるのだ。

もっと具体的に“後天性ブス”になる原因をあげれば、これはただひとつ“センスのなさ”である。 「あの子どうしたの?キレイになっちゃって」と驚かれる女性の多くは、別に顔だちがキレイになっちゃったのではない。100%身なりのせい。そこそこまともな服を着ていれば、女はただ“大人”になったことだけで、何となくキレイに見えてしまうもの。加えて髪型にちゃんとオシャレの意図が見えれば、“美人になった”の言葉まで引き出せる。それが、世にも不思議な美人の雰囲気の正体なのである。

しかし、ちょっと話をしたとたん「あれ?やっぱこの子、ちっともキレイになってないワ」と美人を取り消されてしまうのは、最初の数秒間すら上品なしゃべりができない、会話以前の人間的なセンスを疑われた場合。

けれど致命傷は、やはり“自分が見えてない視力の悪さ”に尽きるだろう。顔が四角いのにショートボブにすることを、“個性”だと思ってしまう視力の悪さは、それだけでブスの雰囲気を漂わす。己を知らずに“トレンド”を貫くことに喜びを感じる視力の悪さは、美人をみすみすダメにするのだ。自分のために使ってこそのセンス。髪型センスにあいさつのセンス、センスを己に生かせるセンスの3つがあれば、あなたは一生美人でいられるのである。

Edited by 齋藤 薫

公開日:2015.04.23

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