
人気連載「斎藤薫の美容自身 STAGE2」。 毎月第2水曜日更新。
彼氏と別れたと思ったら、またいつの間にか誰かと付き合っている、恋愛達者な女性っているもの。一体、いつどこで見つけてくるのか。彼氏一人作るのに何年もかかるような人にとっては、それが不思議でたまらない。この世界、美人だから次々彼氏が見つかるってものじゃなく、やたら媚びを売りまくっている女性が勝つわけでもない。理由は別にある。私が思うに、それは“話し上手”だってこと。ただ“話し上手”にも2種類あって、一方はタテ板に水、いわゆる話術にたけてるタイプ。“話し上手”な女の恋愛もう一方は、“話し上手”とうよりむしろ“話しかけ上手”。そして、恋愛達者がすなわち“話しかけ上手”であるケースがきわめて多いのだ。
さてこの“話しかけ上手”。一見“人なつこさ”ともよく似ているが、これが微妙に違ってる。“人なつこさ”は誰かれかまわず親しくできる性分を指し、何か有難みや誠実さに欠けてしまう。ところが“話しかけ上手”は、まるで自分にだけ興味をもってくれたと相手に勝手に思わせる。自分だから話しかけてくれたのじゃないかと相手を勝手に舞い上がらせる。どちらかと言えば、身勝手で我がままにも見える“人なつこさ”とは、そこが根本的に違うのである。
離婚をしてすぐ、ひとりで“傷心旅行”に出かけた女性が、旅先で知り合った人とまたすぐ結婚した。何でも、船旅の途中、デッキで知り合った人らしい。二流の恋愛小説だって、今どきそんな美味しい設定は作れない。でもこれ、事実。そういえばその女性は、やっと名前を覚えてくれてる程度の、会社の後輩である私にエレベーターの中か何かで「斉藤さん、キレイな色のコートね」と話しかけてくれたことがあった。その時、私がうれしかったのは、コートの色をほめられたことじゃない。名前を覚えてくれていたこと、その名前を優しく軽やかに呼びながら、話しかけてくれたことだった。
つまり、内容はどうでもいい。名前を呼ばれること、相手から話しかけてもらうこと自体が、人はとんでもなくうれしいものなんである。ちなみにここで“人なつこい”なら「あら、キレイな色ね!それどこのコート?」とただ明るく言っただろう。この場合は、相手の人なつこさにこちらが一瞬ついていけなくて引いてしまう。だから“名前も覚えていない相手に、コートの銘柄を聞けちゃう人”という印象しか残らない。その違いがどれだけ大きいか、わかるだろうか?
“話し上手”でなくてもいい。とりあえず“話しかけ上手”になろう。コツはポンと名前を呼ぶこと。別にヘタなお世辞を言うことはないのだ。特に新しい恋がしたい人は、“素直さ”が何より大事。異性を異性として意識しすぎないことが、“話しかけ”でじつはいちばん大切なこと。異性を異性として意識すると、男も女もひん曲がる。相手を拒んでいるように見えてしまう。だから素直にポンと名前を呼んでしまうことから始めてほしいのだ。そして言葉はあくまでていねいに。これは単なる“人なつこさ”と差別化するためである。
さらにもうひとつ“話しかけ上手”は、基本的に相手を選んではいけない。あの人には話しかけるのに、この人には話しかけない……そういう印象は“命取り”。逆に誰にでも分けへだてなく話しかけるクセが身につかないと、相手の名前がポンと出てきたりはしないものなのだ。ごまかしはきかない。でも努力はできる。かの会社の先輩も、傷心の船旅で行きずりの男性の名前を呼んだわけではない。ふだんから友好的ないい雰囲気を醸し出している人だからこそ、そのお相手は名前を呼ばれなくても呼ばれたみたいなうれしさを感じたのだろう。だから“話しかけグセ”をつけよう。恋はウソみたいに簡単になる。
なぜ、名前を呼ばれると、人の心は弾むのか?
たまに、会ってすぐ下の名前を慣れ慣れしく呼び始める男がいる。これを、一種のセクハラだと主張した人もいるが、なるほど初対面の男にしたの名前を“ちゃんづけ“で呼ばれたり、1時間もたたないうちに“ちゃん“も取れて呼びつけにされたとしたら、女はやっぱり少し性的なアプローチを受けたような気がしてしまう。ウブな女性は、身を固くしてしまったりするのかもしれない。たぶん人の名前は、ただ人を識別するためだけにあるのではなく、そこに本人がのりうつり、心と体をもったもうひとりの人間のように存在するものなのだろう。
そして、下の名前は体。上の名字は心。または下の名前は“女”の部分を、上の名字は“人間”の部分を意味し、声に出して名前を呼ばれた時、ふとそこの部分に触れられたように錯覚してしまうのである。もちろん、名前を呼ぶ人にも、それと逆の意識が少しはあるはずで、だからお互い名前を言い合うと、より早く親しくなれるのである。
毎日名前を言い合っているような人間関係においては、名前も情報伝達の手段にすぎないが、まだ知り合って間もない人間同士にとっては、自分の名前をその相手が言った時の音は、たぶん心までずんと響いてくるはずなのだ。だから親しくなりたいなら、“名前”を声に出して言おう。名字から始めて、頃合を見はからって名前に切り替える。それもまた、なかなかドラマチックな心の進展を浮き彫りにするはずだから。
Edited by 齋藤 薫
公開日:2015.04.23