連載 齋藤薫の美容自身stage2

“さげまん”は、悪い女なのか?

公開日:2015.04.23

人気連載「斎藤薫の美容自身 STAGE2」。 毎月第2水曜日更新。

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さて、世間の男たちが“あげまん”よりもさらによく話題にあげるのが、“さげまんな女”の噂である。「あいつ、結婚したとたんに運に見放されて。あの女が“さげまん”なんだろうな」みたいに……。こういう時、男たちが女の何を指して“さげまん”と呼ぶのかは不明である。しかし、控えめで無欲でやさしい女なら、相手の男が何億の借金をかかえて、「あの奥さん、いい女なのに気の毒だな」なんて言われても、“さげまん”にはされない。やっぱり派手で浪費家で身勝手な我まま女は、本人が何も悪いことをしていなくても、相手の男がちょっとでも不運に見舞われればたちまち“さげまん”にされるのである。

そして、歴史上の人物でもっとも有名な“さげまん”と言えばやっぱりマリー・アントワネットなのだろう。何しろ、自分の贅沢三昧のために国民の顰蹙を買って、フランス革命の引き金をひき、夫を失脚させるどころか断頭台まで送ってしまったのだから。浮気もしただろうし、人のいい夫をバカにしていたとも言われ、今もいい噂は残っていない。もっとも本人も死刑台にあがったのだから、“世紀のさげまん王妃”として歴史に残るのは、本人もさぞ悔しかろう。果たして、マリー・アントワネットは本当に“さげまん”だったのか?

マリー・アントワネットは確かに浪費家で、派手な暮らしを好んだが、喜びや悲しみを素直に表した“愛すべき女性”で、夫のルイ16世もそんな王妃をいとおしく思っていたという。喜びや悲しみを素直に現わす……そんな女性が“さげまん”になりうるだろうか? とじつはそこに疑問を抱いたのだ。話はまったく変わるけれども、子供がいわゆる“引きこもり”になる場合、親が喜んだり悲しんだりモノに感動したりがあまりない、感情に乏しい人間であることが多いという。

もちろん、“引きこもりの親”と“さげまんな女”には何の関係もない。何の因果もないが、感情のない人間と一緒に暮らすことの不幸っていうのは、どちらも一緒。測りしれないものがある。何かいいことをしても、誰も心からほめてくれない。何か悪いことをしても、誰も心から叱ってくれない。それでは何をやるにも力が湧いてこなくなって当たりまえ。大人だって、心が“ひきこもり”になってしまっても不思議じゃない。いちばん側にいる人に、感動や感情や喜怒哀楽がないと、人はどんどん心を閉ざし、世の中から取り残されていくと同時に、生命力みたいなものを失うのである。

たぶん、“さげまんな女”とは、とても単純に、“つまらない女”なのだろう。すぐ側にいる人に生きることの楽しさを教えられない女、そして生きることの大変さを一緒にかみしめることのできない女。そういう女は、別に世間的に見て“悪い女”じゃないし、本人もそのパートナーも、“悪い女”だなんてひとつも思っていないだろう。でも、男をダメにする。まるで、青々とした葉をつけた木を一年一年少しずつ枯らしてしまうように……。

マリー・アントワネットばりに浪費家で派手好きで、そして少し我ままな女を恋人にもつ男性が「ボクの彼女は、いわゆる“金のかかる女”でさあ、きっついよ」とうれしそうに言ったことがあって、私はそれがしばらく頭から離れなかった。“金のかかる女”を恋人にもったり妻にしたりした男は、うれしいのか? とすごく不思議だったのである。でもそれが“男の甲斐性”だとすれば、ひどく納得がいく。男はたぶん、女の喜ぶ顔が見たいからと頑張っちゃったり、ささやかな贅沢でも大げさに喜ぶ女をいとおしいと思うのだ。従って、さんざんな悪口を言われ、ギロチンにまであってしまったマリー・アントワネットも、夫にとっては“さげまんな女”ではなかったと、ここで弁明しておくことにしよう。“あげまん”は、尽くすのではなくて励ます女。“さげまん”は男に働かせて人生を楽しむ女ではなく、人生を楽しめない女……ひとまずこういう結論を出しておこう。

マリー・アントワネット、もうひとつの悲劇

マリー・アントワネットが享楽に明け暮れることになったひとつの原因として、じつは夫婦の“セックスレス”が噂されている。結婚から約5年は、夫が指一本触れようとしなかったのだとも。3人も子供がいるのは、その後ルイ16世が、“手術”を受けたからだとも言われるが、王妃は結婚から5年たっても、まだバージンのままだったわけだから、宮殿内でアレちゃったり、夫の気持ちを引こうと必要以上のオシャレと美容に入れ込んでしまっても無理はないかも、なんて思うわけである。王妃が夫をバカにしてたというのも、そういう裏があったのかと納得してしまうが、さてそこにも、女の美容心理に異常なパワーをもたらす要素がひとつ見えてきた。

彼や夫が自分の肌に触れない。おそらく問題はむしろ男の方にあるのだろうが、ほとんどの女は、“自分に魅力がないからだ”と決めつけてしまうという。勢い、彼の目を振り向かせるには?彼の気持ちを取り戻すには?と、ムダなことを含めて、ありとあらゆる手を尽くしてしまう。素直な女ならなおさら、気持ちではない、外見に、つまり自分磨きに夢中になってしまうという。

そういう意味でもマリー・アントワネットが“世紀のさげまん”という称号を授かってしまうのは、少し酷な気がする。結局この人も、フツーの女だったということ。悩めるコスメフリークだったということで……

Edited by 齋藤 薫

公開日:2015.04.23

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