連載 齋藤薫の美容自身stage2

結婚してみたい女

更新日:2021.02.22

人気連載「斎藤薫の美容自身 STAGE2」。 毎月第2水曜日更新。

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“一度はしてみたいな”というカワイイゆとりが幸せを呼ぶ。

「私はね、一度結婚してみたいだけなのよ」そういう言い方をする女性が、最近とても増えてきた。一度は結婚してみたい・・・・・・そこには、今までの日本の女が持っていなかった“新しいゆとり”というものが息づいている。結婚に対する女性の意識は、時代とともに少しずつ変わっていくものだが“結婚したい”ではなく“結婚してみたい”と、願望の新しい形が生まれたのは初めてかもしれない。かつて“結婚したくない”とか“結婚しないかもしれない”といった意識が注目された時代もあったけれど、それらはやっぱりどこかに無理があったように思う。新しい女の意識として、世間がそれを大げさに取りあげただけ。でも“一度してみたいだけ”という言い方は、女たちのかなりの本音。“結婚したい”以上の本音なんじゃないかと思うほど・・・・・。つまり日本の女の結婚願望は、もともと“結婚したい”のじゃなく、“一度結婚してみたい”に近いものだったんじゃないかと、そこまで思うのである。

そもそも“したい”と“してみたい”には大きな違いがあり、「ハワイに行ってみたい」は、ハワイがどんなところかをまだ知らないからとりあえず知りたいという想い。「一度は行ってみたい」と言うと、一回行けばたぶん気がすむだろうからという判断もそこに加わる。“一度は結婚してみたい”も、一度すれば納得する、たとえすぐダメになったとしても、それはそれ。一度試せただけで満足……みたいな割り切りが感じられる。一回は経験しておきたいけど、それ以上のものでもないわという余裕も感じられる。そこに、“結婚”というものに対する冷静で客観的な目を養った、今どきの女たちの姿が浮き彫りになってくるのである。

女は、何だかんだ言っても、結婚というものを“過大評価”し続けてきた。結婚=天国、結婚すること=幸せになること、結婚できた人=人生の成功者・・・・・・結婚前の女にとって、結婚とはそれくらいスゴイものにうつっていた。もちろん、そのくらいスゴイ結婚をしてしまう人もいっぱいいるが、それも結局のところ、本人の“努力”にかかっているのに、多くの女は“結婚”を桃源郷みたいに、ともかくそこへ行けば平和と幸せが待っていると思いがち。「そうではないのよ」という経験談をいくら聞いても、不思議にそういうことは耳にも目にも入らない。わざと聞かない見ないを決めこんでいるのかもしれないが。

いずれにしても、従来の“結婚したい願望”は、女の判断をいろんな意味で狂わせる。たとえば結婚願望に決してあってはならないのが悲壮感なのに、従来型の結婚願望が強すぎると、女はだいたい放っておいても悲壮感をにじませてしまう。願望が強い人ほど逆に縁遠くなってしまうのは、本人も気づかぬうちににじみ出てしまうこの悲壮感のせいなのだ。結婚願望ばかりは、持ち始めてしばらくすると、「私、もしかしたら結婚できないかもしれない」と妙に悲観的になりがち。たかだか22~23歳でそこまで悲観的になり、すべてを悪い方に悪い方に考えがちなのが、すなわち結婚願望の厄介なところなのである。

たとえばタレントのオーディションなんかの場面で、もうタレントになりたくてなりたくて悲壮感さえ出してしまっている女の子を選ぶ審査員はいない。「ちょっと自分を試したくて」とか「若いうちに一回タレントってものをやってみたくて」ぐらいの軽いノリの子が選ばれることは、現実に少なくない。結婚のチャンスを待つ時も同様の軽い気持ちでいる方が、チャンスはやって来やすいわけである。

そしてまた、周囲に「私、結婚したいの」と言って回るのはやっぱり少し抵抗があるけれど「私、一度は結婚してみたいの」となら、少しも悪びれずに言って回れる。人に平気で言えることは、コンプレックスにはならないが、人に言えないことはやがて必ずコンプレックスになっていく。結婚願望がやがて、コンプレックスのような心のしこりになってしまうなんて、本当にバカげているが。かくしてただの結婚願望で、自分を悲壮感漂う、コンプレックスの固まりのような暗い女にしてしまわないためにも、結婚は「一度してみたいなー」くらいのものと捉えた方がいいのである。

ついこの間も「私ね、結婚って一回はしてみようと思ってるんだ・・・・・・」と、ポロッと言った30代半ばの女性がいた。何だか力が抜けててぜんぜん無理してなくって、でも女としてのカワイさもあふれてて、すっごくいいなと思ったもの。どうだろう。あなたの結婚願望も、本当は“一度はしてみよう”くらいのものなんじゃないか。いや、そう思っていた方がずっとずっと楽でいられるし、いろんなことがうまく行く。人生でいちばん大切なことなのに、“一度試してみたい”くらいの気持ちでいた方がいいなんて、何だか変だけれど、結婚ってじつはそういうものなのかもしれない。

「一度は着てみたい」花嫁姿の呪いが解ける日・・・・・・。

“結婚したい”“どうしてもしたい”“早くしたい”という、前のめりな結婚願望の中には、何だかんだ言っても大なり小なり“花嫁姿への憧れ”が含まれている。しかし、結婚願望=花嫁願望であるなど、誰もが隠しておきたいし、「ともかくああいうものが、似合ううちに結婚しときたいの」なんて、やっぱり大声では言えない。それを言えないことが、これまた女の結婚願望を少々屈折したものにしているのである。

ところが不思議なもので、「一度は結婚してみたい」というふうに、肩の力が抜けてきた人は、何と言うか、長い間の熱が冷めたようにもう花嫁姿に執着はしていない。「一度はあれを着てみたい」なんていうふうにはぜんぜん思っていないのである。

つまり、花嫁姿になることも含め、“結婚式をすること”そのものへのこだわりがあるうちは、結婚願望の前のめり現象はおさまらず、“その日”への執着がふと解けた時に、急に正常で冷静で、バランスのとれた普通の願望になるという傾向があるようなのだ。まさに結婚願望は、花嫁姿への呪縛。早く解いてしまいたい。

女の結婚願望は、この花嫁姿の呪縛のみならず、同僚、友人の結婚、親がかけてくるプレッシャー、出産への義務感など、いろんなものによってたかって、歪まされている。そういうものがふっとほどけてきた時こそ、女の結婚適齢期・・・・・・そういうことなのかもしれない。

Edited by 齋藤 薫

公開日:2015.04.23

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