連載 齋藤薫の美容自身stage2

幸せを無駄にする女

公開日:2015.04.23

人気連載「斎藤薫の美容自身 STAGE2」。 毎月第2水曜日更新。

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“幸せになること”を望みすぎると”なれるかもしれない不安”から逃れようとして、女は歪む。

“昭和の女”に比べると、“平成の女”は、幸不幸の個人差が明らかに激しい。幸せな人とそうでない人の落差が、20年前に比べるとかなり大きくなった気がするのだ。幸せを最初からあきらめてしまっている女が増えているからである。いや、それどころか、幸せに対して投げやりな女性が増えている。「自分はどうせ幸せになんかなれっこない」そう思いこみ、幸せになることを放棄しかかっている人が、今少なくないのである。

なぜそこまで悲観的になるのだろう。なぜそこまで幸せに対して卑屈になるのだろう。ひとつには10年ほど前に終わったバブルが、女たちにも、とんでもなく幸せになれそうというおいしい夢をいっぱい見させた、その反動という見方がある。そのバブルをぎんぎんに謳歌した今の30代には、未だに夢から覚めずに“自分は必ず人より幸せになる女”と信じて疑わない人もある数いるが、もともとその波にのれなかった30代と、そういう30代の挫折を見ながら大人になった20代は、幸せに対する熱意をもてなくなっていると言っていい。

幸せを投げ出すもうひとつの要因は、逆に幸せをあまりに強く求めすぎるために、途中で疲れてしまうというケース。ちょっと逆説的だけれども、今は女性の幸せ願望がかつてないほど強い時代。昔の女は、自分の身の丈に合ったサイズの幸せしかイメージしなかったが、今は誰もが無制限に大きな幸せをイメージできる時代。だから子供の頃から強い幸せ願望を心の中で育ててきて、あまりに大きく育ちすぎてしまったために、いよいよ幸せをつかもうという年齢になる前に、それを破裂させてしまう女は少なくないのだ。

幸せになりたい、どうしても幸せになりたい。でも果たして自分は幸せになれるのか?なれないんじゃないか?そういうふうに、願望がやがて大きな不安に変わり、その不安を抱えきれなくなって、逃げ出してしまう。結果、どうせ私は幸せになれないという投げやりな心を生んでしまうのだ。ちょうど異性を意識しすぎて“男嫌い”になってしまうみたいに、つまり問題は、幸せに対する異常な執着ということになる。

女は確かに“幸せになること”に対して、強い執着をもっている。女が占い好きなのも、キレイになりたいのも、元はと言えば幸せへの執着から。でもなぜ女ばかりが、そこまで幸せにこだわるのだろう。逆を言えば、そこまで幸せに執着しなければ、幸せに対し歪むこともないわけで、だから幸せをあんまり追求しない男のほうが、淡々とした幸せを手に入れたりする。

たぶん、女が幸せに特別な思い入れをもつのも、“女は男に幸せにしてもらうもの”と思うから。男たちは、曲がりなりにも幸せは自分の手で作り出すものと思っている。ところが女は未だに“幸せは男にもらうもの”と思ってしまっている。他のことは何でもテキパキこなし、がんがんに切り開いてしまう強気な女も、こと“幸せ”となると急に弱気になって、私は幸せをもらえるのかしらと、天を見上げてしまう。“してもらう”意識がまだまだ強く、自分の手で作れないと思うから、不安で不安で仕方がないのだ。

自分で100%作れると思えば、別に作れる時にゆっくり作ればいいと、いつも平常心でいられるが、自分は待つ立場、もらう立場と思うと、早いとこ幸せをもらわないと取りっぱぐれるかもしれないと気が気じゃない。100個のパンを200人で取り合うくらいの焦りがあるから、「どうせ私なんか無理」と、自ら降りてしまう人が現れるのだ。

でも果たして、幸せって“もらうもの”だろうか?たぶんもらった幸せは、所詮“もらった洋服”みたいに、もらったこと自体はうれしいが、結局気に入らずに一度も袖を通さないなんてことも起こりうる。やっぱり自分で額に汗して手に入れた幸せじゃなきゃ、大切に育むこともしないのだ。幸せはもらっちゃいけないのだ。

さあ、自分で作るしかないとしたらどうだろう。ヘタくそでものろまでも、ダサくても何とか作ってみようと思うだろう。「自分なんかどうせ幸せになれない」とひねくれたり早々にあきらめてしまうことはないはずなのだ。ともかくそういう理由で、世の中の女の3人に一人くらいは、ちょっと努力すれば、作れるはずの幸せをみすみす無駄にしている気がする。20代半ばとか、もうすぐ30代とか、30代も半ば近く・・・・・・そういうタイミングが危ない。幸せをキメたい節目だからこそ逆に屈折してしまうのだ。たとえば恋人がいても、わざわざモメて、「もう別れましょ」と言うみたいに。その瞬間にも心によぎるのは、幸せは“もらうもの”という認識。もう幸せにおいては受け身の発想がしみついてしまっているのだ。

幸せになれない人は、今たぶん自ら幸せを捨てている人。自分で不幸を呼びこんでいる人。その不幸は、あなたが自分で作った不幸。それだけは、知っておくべきである。

ちょっと待って!幸せ顔のメイク

今、名前のついたメイクの中で、いちばん大きな支持を集めているのが、“幸せ顔”のメイクだろう。ふわっと幸せそうに見えること、キラキラ幸せそうに見えること、確かにそれは、すべての女性を美しく見せる究極のメイク表現である。

しかし、幸せそうに“見えること”と、幸せそうに“見せること”とは違う。幸せな女の美しさは、周囲が彼女を見て勝手に、あらあの人幸せそう、幸せっていいものねと眺めるもの。私はこんなに幸せな女なのですと言ってまわるところに、幸せな女の美しさは生まれない。幸せは空気として、自然に伝わっていくもので、わざわざ人に見せるために、作りこむものじゃない。幸せは不幸との対比で成立するもの、人に見せるための幸せを作ると、結果として周囲の人を多少なりとも不幸な気持ちにする。だから幸せ顔のメイクは、自分の幸せを見てもらうためのメイクじゃなく、むしろ、見る人をも幸せにするメイクであるべきなのである。

じゃあ、周囲を幸せにするメイクってどんなメイクだろう。そもそも“キレイ”であることの絶対条件は、見る人を心地よくすることにある。自分のまわりの空気までキレイに染めることが、メイク成功の最大のヒケツ。相手にサッと差し出す花束のような自分を作れば、相手はハッと声をあげ、ぽーっと幸せな気持ちになるだろう。そういうシーンをイメージしながらメイクする。幸せ顔メイクはそうあるべきなのだ。

Edited by 齋藤 薫

公開日:2015.04.23

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