連載 齋藤薫の美容自身stage2

不幸を楽しめる女

公開日:2015.04.23

人気連載「斎藤薫の美容自身 STAGE2」。 毎月第2水曜日更新。

人気連載「斎藤薫の美容自身 STAGE2」。 毎月第2水曜日更新。

幸せな時、人は何も生まない。だから人生でいちばん不幸なのは、ただ幸せな自分がずっと続くことである。

自分は、人より不幸である、平均より不幸である・・・・・・そう思っている女は、たぶんとても多いはずだ。幸せな時は幸せな自分に気づかず、幸せでない時だけ不幸な自分を自覚するのが人間だから。しかも、今の時代、女がますます欲ばりになっていて、幸せのハードル自体が高くなっている。だから、以前よりも「私は充分に幸せです」と言い切る人が少なくなった。何をもって“平均値”とするのかは不明だが、“自分は人より不幸かも”という印象をもつ人が増えているのは確か。ただそのせいか、同時に女は不幸に対して強くなったと思う。多少の不幸感ではへこまない。よほどの不幸に見舞われないと、めげない。幸せである瞬間のほうがよほど少ないけれど、それでも何とか明るさを保って生きている、みたいな、ある種けなげな女が増えているのだ。

こんな女性がいた。自分は人より何かが優れているわけじゃない。そして人より運がいいわけでもない。だから、幸せになろうとしたら、ガムシャラにならなきゃいけない。でもそこで無理して幸せになろうともがかない、自分の性格が好き。“不幸であることにあんまり頓着しない自分”が気に入っている・・・・・・そう言った人が。一方にこんな人もいた。自分は人よりたぶん少し不幸だろうけれど、いつかきっと今より幸せになれると信じていて、だから不思議に少しも辛くないという人が。

もしあなたが、平均より幸せではなくて、それでもわりに平気・・・・・・というなら、それはなぜだろう。そういう自分に納得している理由は、上の二人のように、人それぞれなのだろうが、自分の不幸を一時的にでもちゃんと自覚している人だけが、じつは本当の幸せをつかめる人なんじゃないかと今思う。なぜなら幸せとは、不幸との比較によってのみ実体をもつもので、不幸がなければ、幸福もないからなのである。“人は、幸福とまったく同じ分だけの不幸をもたなければならない”という言葉があるし、“自分の中に不幸が存在するから、幸福も感じられるのだ”という言葉もある。

幸福と不幸は、健康と病気みたいなもの。健康である時は、健康である自覚はないが、病気になってみて初めて健康であることに喜びを感じられる・・・・・・というふうに。中には、自分の人生、全編幸せ・・・・・・という人もいるのかもしれない。しかし、こんな言葉もある。幸せは幻想、苦痛だけが現実。そしてまた、人生でいちばん不幸なことは、ただ幸せな日々がずっと続くことかもしれない・・・・・・という言葉も。

人間は、“少し不幸”でいいのかもしれない。少し不幸な日常の中に、時々大きな幸せがさしこまれることがうれしいのだから。小さな幸せは一日何度もさしこまれる。それがすなわち、幸せな日常ということなのかもしれない。“少し不幸”を自覚しながらも、後ろ向きにならず、前向きに生きられる人のためにだけ、幸せってものがあるのかもしれない。

だいたいが“幸せ”って本当に幸せなことなんだろうか?幸せな時って、人は何も考えない。何も生まない。何も動かそうとしないだろう。つまり、幸せを謳歌している時の人間は、決して魅力的じゃないのだ。もちろん、幸せな瞬間は女をキラキラ輝かせるが、その瞬間が何日も何日も続いたら、輝きもさすがに光をくもらせるだろう。人間がいちばん輝くのは、不幸の中から幸せをつかんだ瞬間であるのを忘れてはいけない。人を上へ上へと押しあげ、人にエネルギーを与え、人をのばすのは、幸せではなく不幸。ただし、不幸でも下を向かない不幸なのである。

そう、不幸にもハッキリ二つある。不幸だからと卑屈になり、下を向いて、不幸な自分を嫌う不幸と、下を向かず、むしろ意欲を湧きあがらせる不幸との二つがある。“人は自分が幸せでないと、人に優しくなれない”と言われるが、下を向く不幸は、他人にもぜったい優しくできない不幸。でも、下を向かない不幸は、きっと自分が幸せでなくても優しくなれる不幸。それも自分に“自信”があるからで、どんな人も自分にちゃんと自信があれば、不幸など平ちゃら。自信がある人は、不幸に強い。人より不幸でも下を向かず、もがくこともないだろう。だからやがて本当の幸せをつかむこともできるのである。

ともかく人生に必要な不幸というのもあるのだと知ると、生きるのが楽になるはずだ。そして正しい不幸と生きると、あとできっちり幸せがやってくる・・・・・・そう知ると、人はもっとうまくスムーズに生きられる。幸せと不幸のシーソー、それを延々とギーコギーコと言わせ続けるのが、すなわち人生なのだから。

ちょっとだけ不幸・・・・・・カゲのある女の正しいカゲ

「どんな女が好み?」と聞かれて、「どこかにちょっとカゲのある女性・・・・・・」と答える男性は少なくない。しかもそう答えるのはみんな“いい男”・・・・・・という噂が絶えない。

“カゲのある女”のカゲとは、別に暗さを指しているわけじゃない。ひとことで言うなら神秘性。あけっぴろげに持ってるものすべてを表面に示してしまわず、見えない部分をいくつも秘めていて、だから相手に、もっと知りたい、もっと知りたいと思わせる。興味をもたせ、関心をもたせて、相手の心を自分のほうにぐんぐんと引っぱりこむ。それが神秘性なのだが、“カゲのある女”の場合はワケありの、より重厚な神秘性を含んでいると言えるだろう。

そんな重厚な神秘性に心惹かれるのは、言うならば相当に感性ある男。目に見えない“気配”のようなものをこそ、女性の魅力と定義できる、そういう感性をもつ男を、いい男と呼ばずに何と呼ぼう。

ちなみに“カゲ”は確かに不幸そうな印象とよく似ているが、単なる不幸感には、やはり美しい神秘性は宿らない。あっけらかんと幸せなだけでない、むしろきちんと苦労を体験しているという、幸せとの比較による不幸感。それが女に美しく重厚な奥ゆきと、しっとりした透明感をもたらす、文字通りの美しい陰影を生むのだ。幸せなだけの女なんて退屈、いい男はだから、カゲのある女を求めるのである。

Edited by 齋藤 薫

公開日:2015.04.23

Serial Stories

連載・シリーズ