連載 齋藤薫の美容自身stage2

眠りに逃げ込む女の人生

公開日:2015.04.23

人気連載「斎藤薫の美容自身 STAGE2」。 毎月第2水曜日更新。

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人は眠るのが惜しいと思うほどの人生を送るべき。そう思えないのは、体力でなく心の力不足。

ある企業には、採用の面接の時に平均睡眠時間を聞く習慣があるという。短い睡眠時間で活動ができる人は、言ってみれば細胞活性力が高くて、だからいつも生き生き元気で、頼まれない仕事も自らすすんでやれてしまうタイプであるという判断からである。しかし、人それぞれ必要睡眠時間は異なり、4~5時間の睡眠時間で、充分元気で動きまわれる人と、8~9時間眠らないとどうにも体が言うことをきかない人と、体質的にハッキリ2タイプあるというのもまた確か。

つまり睡眠時間の差は、あくまでも体質的なもので、人の能力に関わる深い意味はないと考えていいはずなのだが、たとえば“30代で起業して大成功をおさめました”みたいなエネルギッシュな女性は「睡眠時間?4時間で平気。それ以上寝てられない性分」などと涼しい顔して言う。やっぱり人の人生は睡眠時間に左右されるのか?少なくとも世の中には眠ることがもったいないと感じる人と、一分でも長く眠らないともったいないと感じる人がいる。それだけで、二人の人生はまるで違うものになってくるのだろう。

眠りは確かに大切。しかし、眠ることがいちばん大切で、眠る時がいちばん幸せと思ってしまうのは、どうなのだろう。平穏無事の日々の中で、ベッドに入る時がいちばんと感じてしまう人がいる。そして、早く眠りについてしまいたいと眠りに逃げこもうとする人もいる。それって一体どうなのだろう。

いわゆる不眠症の人が、眠ることの幸せをかみしめるのはいい。でも人間はできれば、眠ってしまうのが惜しいと思うほどの人生を送るべきなのだ。もしそう思えないなら、それは体力不足よりやっぱり心のパワー不足。体力がないと思っている人の中には、体力じゃなく心のパワー不足の人が、じつは数多く含まれているということ。そして、そういう人ほど、眠りに逃げこもうとしている気がするのだ。“眠っている時は、みんな神さま”という言葉があるけれど、眠りは究極の現実逃避。イヤなことがある時は、確かに誰でも早く眠ってしまいたいと思うのだろう。しかし人間、心配事があれば眠れない。だから眠りをよけい強く欲してしまう。人間は活動するための休息として眠る生理をもっているのに、早く眠りに入りたいからお酒を飲んでしまう、みたいな本末転倒も起こりうるのだ。

けれども、眠りに逃げても解決はしない。眠りというのは脳の中の“記憶”の整理のためにあるから、“イヤなことがあってもひと晩眠ればケロッとしちゃうタイプの人”のイヤなことは解消してくれるが、イヤなことを忘れたいがために眠りに逃げこむと、記憶は処理されず、むしろ脳にしみこんでしまうから、もっと心が重くなり、胸に重しを抱えてしまった結果、体も重くなるということ。

また一方、“眠る時がいちばん幸せ”と感じる人も、ハッキリ言ってしまえば、自分の人生をネガティブに生きている人。だって、ふつうに生きていたら、眠っている時より起きている時のほうが楽しくて当然。そうじゃないとしたら、何か生き方を間違っちゃっているとしか思えない。たぶんそういう人は、自分を自分の人生そのものから守ろうとしているのだろう。つまり、生きていくのはとても大変だからと、自分にできるだけ負担がかからないようにと、一日のうちのいろんな場面で自分をいたわろうとする。あと少し集中して頑張れば、予定の仕事は終わるけど、それでは自分が大変だからやめておく。ここで小走りすれば約束に間に合うが、自分が傷むからやめておく。そして、今この瞬間に立ちあがれば、やりたいことが始められるのに、それもやらない・・・・・・。人間はそうやって自分と自分の人生を小さく丸めてしまうのではないだろうか?

けれども、そうやって自分を休ませて、眠りにつかせても、心は決して満たされることはないから、休みながらも悶々とする。なぜ自分には幸せがやってこないのだろうか?なぜ自分には運がないのか?などと考えこむ。だから眠りにつきにくくなって、眠りに必要以上に執着する。けれど、眠りというものは本来、一日中活動して、体と心が両方バランスよく疲れたからこそ、自然にすうっと訪れるもので、心だけがカリカリに疲れていたり、体だけがクタクタに疲れていたら、かえって神経が研ぎすまされて眠りにつけない。たぶんパワー不足の人は、自ら悪循環を招いてしまっているのだ。自分をいたわりすぎれば、自分がもっと傷んでしまう。自分を癒してばかりいたら、かえって心も体もだるくなる。人間の生体とはそういうものなのではないか。

毎日の行動量の差は単純に肺活量とか代謝力とかの差に他ならない。その気になれば、気持ちでカバーできるもののはずなのだ。だから、起きている時間がしんどくても、またそこに喜びを感じられなくても、眠りに逃げることはやめたい。眠り自体に喜びや幸せはないし、起きている時間の不幸を挽回できるのは、起きている時間しかないからだ。そのためには、しんどくても自分が動き出すしかないからだ。人間は、心を休ませてはいけない。辛いところから眠りに逃げこむのでなく、辛くない楽しいところをさがしに行こう。

そこで、眠れない苦しみから逃れる方法

眠れない苦しみは、経験した人にしかわからないというけれど、確かにそれはもがき苦しむような苦痛。しかも一度眠れないと思うと、人はひどく焦る。時間ばかりが矢のように通りすぎていき、その焦りがまたたいへんなストレス。そうなると、人は眠れないことそれ自体に全神経を集中させてしまうから、目が冴えざえし、今度は闇を見つめながら悪いことばかりをほじくり返す。眠れない心は思いきり後ろ向きで、物事を悪いほうに悪いほうに考えてしまいがちだからこそ、眠れない夜は三重の苦しみを自分に課すことになるのだ。しかし極度の不安や悩みから慢性的な不眠におちいっている“病気”としての不眠症は別として、眠れないのは、要するに眠りを必要としていないからなんじゃないか? 「この頃、まったく眠れなくて、私このままだと死ぬかもしれない」という人が、日中よくこっくり居眠りしているのを見かけたりする。

人間どこかで帳尻を合わせていたりするもので、今夜は眠れなかったけど、その分明日たっぷり眠れると思えば平ちゃら。眠りを意識しすぎてアガってしまうから眠れない夜が続くだけで、眠りをさほど重要視しなければ、人間ちゃんとどこかで眠っているもの。疲れれば眠る。眠りが足りなければ眠る。眠れないのはまだ起きていられるから。眠れなくて死んだ人はまだいないという。大丈夫。だから安心してベッドに入ろう。

Edited by 齋藤 薫

公開日:2015.04.23

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