連載 齋藤薫の美容自身stage2

必要とされている女とされてない女

公開日:2015.04.23

人気連載「斎藤薫の美容自身 STAGE2」。 毎月第2水曜日更新。

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いちばん哀れなのは、忘れられた女……。だから”必要とされること”をテーマに女は毎日を生きていくべきだ。

5回の転職を経験した人がこう言った。自分が仕事をしているのは、“自分が誰かに必要とされていること”を確認するため。だから、ちょっとでも必要とされていない自分を感じると、すぐやめたくなってしまう。どうしてもワタシじゃないとダメ、と思ってくれる仕事場をさがすうちに、5回も転職を繰り返しちゃった・・・・・・。何となくわかる気がする。飽きっぽいのではない。仕事ができないわけでもない。でも何かを予感するたび静かに身を引きたくなる、そういう退職はよく考えると、“自分がこの仕事場で必要とされていないこと”を感じるからなのだと。

強く必要とされていないと、働く意欲を失う・・・・・・これは、働くものとしての強いプライドと、雇われるものとしての謙虚さが少し混ざった心理。それが人を退職まで追いこむということなのだ。おそらく人は“誰かを必要とする心”と“誰かに必要とされたい心”の両方をもっていて、年齢によって、環境によって、そして心の成熟度合いによって、その割合を変えていくのだろう。

言うまでもなく、子供の頃は“誰かを必要とする心”がほとんどを占めていて、大人になるにつれ“必要とされたい心”が育っていく。そして、30代あたりで“必要とされたい心”のほうが多少とも上回ることで、バランスのいい大人が作られる。5回転職を繰り返した人は、ある意味で精神的な成長は早いが、社会性がそこに追いつかずにプライドばかりが高すぎて、少々バランスが悪い状態にあるのだろう。でも“必要とされる喜び”に目覚めるのは、早ければ早いほどいい。誰かを必要としてばかりいると、いくつになっても自分を必要とする人が現れず、気がつけばとても孤独というふうになりがちだからである。

「死んだ女よりもっと哀れなのは、忘れられた女」という、マリー・ローランサンの言葉がある。女には、こたえる言葉だ。でも本当なのかもしれない。必要とされないこと、ましてや忘れられてしまうことは女にとって最大の恐怖。だから生きる目的を、“誰かに必要とされること”に置いたっていいと思うくらいなのである。でも、実際に、誰かに必要とされるヲのは容易なことじゃない。女は母親になった時、自分が完璧に必要とされている喜びを初めて知るというが、同時に一方で、将来子供が自分を必要としなくなる瞬間を恐れたりもする。つまり女は人生経験を積むほど、本当の意味で完璧に自分が必要とされる関係を作ってゆきたいと切望するようになる。だからこそ、相手を必要とするより必要とされることをテーマに女は生きるべきなんだと思う。

料理が異様にうまかったり、とってもキレイ好きだったり、いつも朗らかで不機嫌にならない性格だったり、そしていつも清潔な美しさをたたえたり、そういうことだって半永久的に必要とされるための立派な条件になると思う。ただし、恋愛においては“自分のほうの誰かを必要とする心”をまずは素直に優先すべき。でないと結婚を狙っているようで誠実に見えないからである。最初はともかく率直に好きという想いをぶつけるべき。きちんと愛されてからでないと、“必要とされたい”という謙虚で真摯な気持ちも生まれないからである。たとえば盲導犬だって、1歳になるまでは“パピーウォーカー”という里親のもとで、ともかくともかくたっぷりの愛情をかけられる。そうでないと、人の役に立とうという誠実な気持ちが生まれないからだという。愛された経験があるから、必要とされたい、役に立ちたいと心から思える。それは人も一緒なのだ。だから将来きちんと“必要とされる女”になるためにも、きちんとした恋愛はこなしておくべき。

もっと言えば、女は愛情という情の使いみちを、年齢とともにちゃんと変化させていくべきで、20代はもてる情のすべてを自分のために使ってもいいが、30代は家族や周囲の人のためにより多くの情を使うべきだし、40代になったら、家族や周囲はもちろん、もっと広く世の中に向けて情を使える人になるべき。

そして女はできれば、複数の方向から必要とされていたい。なぜなら2方向、3方向から同時に必要とされ、同時に引っぱられれば、女として自ずと均整がとれていく。子供にしか必要とされていないと、それはそれで女として偏ってくるし、極端な話、親の介護にしか必要とされなかったら、やっぱり不満がつのってくる。まったく別の方向からも引っぱられてこそ、女のポジションは安定し、精神もバランスを保つのである。そして大切なのはここ、人から必要とされると、そのニーズにこたえようとするから、女はちゃんと大人になれる。必要とされればされるほど成長する。だからできるだけたくさん必要とされたいのだ。男に必要とされ、仕事で必要とされ、友達にも必要とされ、家族にも必要とされる、加えてもうひとつ何かしら世間の必要にこたえられたら理想。女は20代から30代へ、できれば5つの方向から必要とされたいのである。

そう考えると、“必要とされない女”がなぜ辛いかと言えば、どこからも引っぱられず体が安定しないから。自分の居場所が見つからず、女として偏っていくから。大げさな使命感なんてなくてもいい。でも誰かに必要とされることをテーマにしてみよう。女がうまく歳をとっていくって、そういうことを指すのかもしれないのだから。

“必要としてあげる”新しい恋のテクニック

女に“役に立ちたい心”が芽生えるくらいだから、男たちにはなおさらそういう強い想いがあるのだろうと思うのは自然なこと。男たちの場合は、必要とされたい願望、頼りにされたい願望がもうDNAの中に組みこまれているはずだからだ。従って女たちが頼りにしてあげないと、プライドを傷つけることにもなるが、今どきの男は逆にそういう男の宿命を重圧に感じる傾向がきわめて高く、だからあまり頼りすぎてもいけない。そのへんのサジ加減がけっこう難しいのである。

たとえば昔からよく言われるように家電やパソコンの“接続系”で頼ってあげると、男は本当に喜ぶし、車のことを聞いてあげると張りきるし。また、きつくしまったジャムのフタや、ワインの栓をあけてもらったりという食卓まわりの“お願い”だけでも、男たちは自分が充分に必要とされている存在だと心地よくなれるのだが、それ以上のことをあまりたくさん頼りすぎるとたちまち重荷に感じてしまうのが今の男たち。

ただ、よくしたもので、私たちのほうも家電の接続やジャムのきついフタに出くわした時は、男ってホントにすごい、男が心底必要と思うけど、それ以外はいなくてもさほど不便は感じなくなっていたりする世の中。男を必要としてあげるキモだけをつかみ、それ以外は依存せず、そうすると結婚への進展が早いってもっぱらの噂である。

Edited by 齋藤 薫

公開日:2015.04.23

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