連載 齋藤薫の美容自身stage2

あなたの生きがいは何ですか?

公開日:2015.04.23

人気連載「斎藤薫の美容自身 STAGE2」。 毎月第2水曜日更新。

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“生きがい”を見つけると元気とオーラが一緒についてくる。

“生きがい”というと、もう人生の終盤を生きている60代70代がよりどころとするもの、というイメージがあるけれど、いつからそういう話になってしまったのだろう。“生きがい”は老後の友じゃない。考える人は子供の頃から考えている。自分は何のために生きているのか?さがしてる人は子供の頃からさがしてる。生きていて良かったと思える瞬間を。いや本当に、10代半ばで悩んだ人は悩んだはずなのだ、生きる意味が見当たらない・・・・・・なんて。でもそれは主に、受験勉強からの逃避という説も有力。大学に入ってしまえば、遊べるうちに遊んどかないと、と思うから、“生きがい”さがしも忘れて、若さを享受する。そしてそのうち“就職活動”なんかを始めれば、“生きがい”さがしなどを悠長にしているヒマはない。ところが、就職してから4~5年もたって、その仕事に慣れてくると、急に“生きがい”のないことが不安になるかもしれない。

しかし何より20代は恋愛をしてる。それ自体が生きがいに思える時でもある。恋愛はたぶん“生きがい”といちばん混同しやすいものなのだ。それだけに、恋が終わるととたんに気になり出す。失恋ついでに、自分はもう一生結婚できないかもしれない、などと悲観的になればなるほど、じゃあ私が生きていく目的は?と自らに問うようになる。まさに生きがいの迷い子。そして、少し前まではそこで思い切り仕事に傾いていく20代が多かった。仕事に“生きがい”を見つけていくほうが、むしろ自然だった。もっと言えば“何らかの成功”を手にすることが、“生きる目的”にもなっていたのだ。ところが今はと言えば、仕事に対する女性の意識が大きく変わり、仕事にそこまで思い入れを持たないのがトレンド。仕事に対する冷めた気持ちは人から人へと伝染していき気がつけば、仕事を生きがいにする若い女性は激減したのだった。

かと言って、他のことにたちまち生きがいが見つかるほど、今女たちを興奮させるモノはない。あらゆることが今まで既にやられてしまっていて、新鮮味のあることは何もないし、かと言って愛しい人を追っかけて韓国まで行っちゃったり、韓国語を習っちゃったり、ああいう種類のパワーを今の若い女性は備えていない。いやよく考えると、オバさま世代は、日本にはもう夢中になることがないと踏むと、即刻隣の国に生きがいを見つけちゃうくらい、フットワークの軽い世代で、言うなれば“生きがい世代”。生きがいを見つけるのが、とても上手な世代なのである。それに比べて若い層は生きがいづくりが苦手・・・・・・。というより今は、取りたてて“生きがい”など持たない“ただ日々を淡々と、楽しく生きていくことのほうが大切な時代なのかもしれない。つまりその生活が気に入っていれば、“生きがい”それ自体を意識しないものなのだ。

さて、あなたの生きがいは何だろう。コレという“生きがい”なんてなくても、元気に生きていけるというならいい。でも、自分には“生きがい”がないと急に不安になったり、急に空しくなったりする瞬間は必ず訪れる。“生きがい”がないことに気づく時、あるいは“生きがい”それ自体を意識し始める時、それはたぶん生きる気力を低下させている時。つまり、人間、元気な時は、“生きがい”なんて言葉を頭に描くこともないが、不幸感を持つにつれ“生きがい”を求めるようになる。今の自分、今の生活に不満がある時にこそ、“生きがい”を意識し、そうだ“生きがい”をさがさなくちゃと思うようになるのである。

かと言って“生きがい”はあわてて見つけようと思ってもそう簡単には見つからない。それこそ60代70代になれば、じゃあピアノでも習ってみようかとか、海外旅行を生きがいに、英会話でも始めようかとか、そういう趣味性の高いものこそ余生の生きがいになり、“生きがいリスト”から選べばいいだけだから、すぐさがせる。でも20代30代の生きがいはそうはいかない。生き方の根本に関わってくるものだけに、めったやたらには見つからない。お金もうけ、世間から評価を受けること、愛されること、人に喜ばれること・・・・・・そういうレベルのことが一朝一夕にできるはずはないのだ。

でも、生きがいはある瞬間、何らかの感動があった時、初めて自分にとってそれが生きがいだったのだとわかるもの。何らか人に評価された時、ああ自分はこの瞬間を待っていたんだと気づくもの。これが私の生きがいだって気づく。つまり若いうちの生きがいは、常に感動とともにやってくるのだ。単なる趣味ではない、生きている喜びみたいなもの・・・・・・心を研ぎすませておけばそれが自分にとって何なのか、それを知る瞬間が必ず来る。どうかそれを見逃さずにいてほしい。そして、さっきは元気な時は“生きがい”を意識しないと言ったが、逆に自分の生きがいを知ると、無性に元気が出る。自分に生きがいがあったことを知ると、がぜん力が湧いてくるのが人間。いや、たぶん“生きがい”と元気はセットもの。というより、生きがいと元気はほとんど一体なのである。

淡々とした何もない、何も起こらない暮らしに満足している人へ。それを否定するわけではないが、生きがいのない生活を何気なく生きてしまうのは、やっぱり生命力というものがカスカスだからに他ならない。生きがいなしの人生を力なく生きていると、要するに人間、魅力的に見えないからマズイのだ。女は特に、それでは男を惹きつける引力を持たない。“生きがい”は人をギラギラさせるパール剤みたいなものなのだ。だから今から“生きがい”を見つけておこう。すると元気とオーラが一緒についてくる。

最大級の喜びはあんまり早く呼びこまないこと

「今まで生きてきた中で、いちばん幸せ・・・・・・」という、あの“大名言”を残したのは、弱冠14歳でオリンピックの金メダルを取った天才スイマーだった。VOCEの読者はたぶん同年代の女性たち。TVであのコメントをリアルタイムで聞いた時、一体どう思ったのだろう。いやあの時、大人ほど嫉妬を覚えたのかもしれない。自分なんかが一生かかっても味わえない感動を、こんなに若くして味わえてしまう幸せをねたましくも思ったはずなのだ。

でも同時に、こんなに若くして人生最大の喜びを知ってしまったら、それ以上の喜びを知るのは並大抵のことじゃなく、それはそれで苦悩の始まりであると思った人もいるはずだ。いやこういうふうに一芸に秀でていて、頂点を極めた人ですら、再び脚光を浴びたくてヌードありの写真集を出した。若いうちにアイドルで頂点を極めたりしてしまうと、もっとあとがきつい。まさにそれ以上の喜びを知るために、想像を超える苦悩を強いられるのだろう。

人生は100メートル走ではなく、1万メートル走でもなく、42・195キロのフルマラソン。あんまり早くに何かをやり遂げたり、頂点を極めるとかえって辛い。でも人生がフルマラソンなら、自分のピークも35キロ近辺、現役で動ける年齢で言えば40代後半くらいを頂点にすべき。だからあわてる必要はないのである。

Edited by 齋藤 薫

公開日:2015.04.23

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