連載 齋藤薫の美容自身stage2

同窓会にこない女

公開日:2015.04.23

人気連載「斎藤薫の美容自身 STAGE2」。 毎月第2水曜日更新。

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同窓会の通知が来ると、突然自分が見える。今の自分は正しいかどうか。

中学校時代の同窓会の通知が届いたとしよう。その時あなたは、ウワー楽しみと、万障繰り合わせてしまうのか、それともちょっとだけ憂うつになって、出欠の返事を一日のばしにするのか、はたまたハナから行かない、いや行けない……と思うのか、一体どれだろう。今回はそういうふうに、同窓会の“出欠”に女の悲喜こもごもが表れる、という話をしよう。まず、何の迷いもなく“出席”に○をつけ、何をおいても同窓会を優先する女には、大きく2種類ある。まずは純粋にみんなと会いたいと思ってる、うらやましいくらいシンプルで元気な人。もちろんこのタイプはこのタイプで、昔からそういうキャラを張ってきて、今さら暗い顔はできないから、けっこうしんどいという現実もなくはないらしいが、ともかく同窓会でも相変わらずみんなのつなぎ役。こういう人格はひとりいると有り難い。

もう一方は、自分をみんなに見せたい人。昔の自分は今ひとつ冴えなかったかもしれないけど、今の自分には自信がある。すみからすみまでよく磨きこんだ自分のキレイを見てほしいという、美容成功者……。そして一方、医者、弁護士、若いのに起業していたりという、一応の成功者はやっぱり栄光を手に入れた自分を、この場を借りて披露したいと思うのかもしれない。でもそこで勝ち誇ったような態度をしなければ、それ自体は“驕り”にはあたらない。今まで生きてきた成果を恩師に見せるためにも、同窓会はあるのだろうから。今の自分は頑張ったかどうかの記録。従って同窓会の通知をもらったら、無条件にうれしくなるべきなのだ。ちゃんとやってきた証として……。

じゃあ、行こうかどうしようか迷う人はなぜ迷うのか?思い通りの自分になっていないからである。昔は優秀だったのに、昔は光っていたのに、今はどこから見てもふつうになってる。とりわけ進路を決める節目で挫折の多かった人は、それだけで同窓会をすぐには受け入れられない体になっている。私、本当はこうなる予定じゃなかったの。こんなハズじゃなかったのと、同窓会で言い訳してまわるのも面倒だし、何かいろいろ聞かれたら厄介だし、できれば“昔話”だけしていたい。昔、期待されていた人のプライドをもっとも逆なでするもの、それが同窓会なのである。

しかし安心してほしい。そういうふうに逡巡するのは、あなたひとりじゃない、けっこういっぱいいる。だからかつて秀才と言われた人が今は吹けば飛ぶような凡人になっていても、誰も驚かないし、誰も面白がらない。そこまで一人ひとりの“現在のプロフィール”にかまってなどいられないのが、同窓会なのだから。

そういうことにグズグズしているヒマがあったら、同窓会当日にピカピカの自分が間に合うよう、準備を始めたほうが得。なぜなら同窓会は、今のプロフィールより何より、今の風貌から、会わなかった年月のいろいろ諸々を勝手に想像するのが陰のテーマだからである。人間はそもそも、情報の80%を“視覚”から得るというように、こういう場面ではまず見た目で多くを判断してしまう。生き生き輝いていれば、もう何も聞かずに順風満帆なのだろうと悟るし、ぐったりくたびれて早くも老けて見えれば、挫折の日々だったのだろうと決めつける。どっちにせよ、ブランクの大きい再会ほど“見た目が記録”となるのである。だから、同窓会の通知を受けても、ハナから行かないと決めちゃう人は、たぶんいろんな“番狂わせ”が、姿形に出てしまっている人、という他ない。

女優やタレントでも、いつの間にか姿を消したのに、何年か後にまた突然現れて何事もなかったように微笑む姿を見せることがあるが、病気療養後は別として、じつはそういう時、別人のように太っていたり、やせていたりする場合がとても多いのだとか。しかも、別人のように風貌が変わってしまうのは、女の場合は同時に何らかの精神的ダメージを抱えていることが多い。どちらが先かわからない、先にダメージを受けて太ったりやせたりしたのか、風貌が変わったことでダメージを受けたのか。いやそうでなくても、不幸そうに見られて大きなイメージダウンになりかねないから、女優やタレントの場合、“休眠”するしか方法がないのだろう。

おそらく“同窓会に行かない女”も、心が姿を変え、その姿がまた心を変えてしまうという、いけないゾーンにハマってしまっている人。女がいちばん立ち入ってはいけない場所である。女がもっとも望んでいるのは「キレイになったね」という反応だが、逆にいちばん恐れているのは「変わったね」という反応。相手がそれを口に出さなくても、心の声を聞いてしまうくらい、女は「変わったね」に敏感。「変わったね」と思われるのは、何か途中で歩き方を間違ってしまった証に他ならず、それを指摘されたくない。それを恐れるから、同窓会に行けないのだ。

もちろん昔との悪いギャップは人を驚かせるから、女はあまり大きく風貌が変わっていてはいけない。従って、そんな自分で無理して同窓会に出かけて行くことはないのだ。同窓会は、繰り返す が“視覚”で人と再会し、“視覚”で人を判断する。単に損をし、誤解もされるだろう。だから、いっそ今回は欠席し、次の同窓会に輝く自分を見せられるよう準備をしよう。せめて「久しぶり、ちっとも変わってないね」と言われる女に戻ること。「変わっていないね」とそこで言われることは、女にとって正しく生きている証なのだから。同窓会の通知が来ると、自分が見える。自分が本当は今、どういう自分になっておくべきだったのか、それが突然突きつけられる。目をそらさず、この際それを、しっかり見てほしい。

女が「変わっちゃったね」と囁かれる時

男の変貌は、ものすごくわかりやすい。「あの人、変わっちゃった」と思う時、だいたいが、太ったうえに髪が減り、おまけにギラギラした感じになっている。男が不用意に雑に歳をとると、大なり小なりそういう方向に流れていくのだろう。自分を追い込まず、あまり客観性も持たずに生きていると、そうなっていくのは男の生態なのだ。だから本人はへっちゃらで、少しも後ろめたそうではない。

しかし女の変貌にここまでハッキリした方向性がないのは、それぞれの理由で苦しんだ結果として、変貌していくからだろう。たとえばだけれど、女はさみしいと太ると言われるように、恋人もなく打ち込むこともなく、心のヒマをもてあますと、ストレスと過食が肉づきにつながっていくが、それも健康的な肉づきに見えないのが特徴。なんで太ってしまったかをその姿が言葉なく物語るのだ。たぶん、女の変化は体のみならず、顔だちと肌にも大きく表れるからだろう。太っていると笑顔が似合うのに、すっきりと笑えないから、不幸が出ちゃうみたいな。ただ太ってしまっただけなら、周囲が「彼女、変わっちゃったね」と遠巻きにすることはない、やっぱりあくまでも顔なのだ。太った上に、顔が笑っていない、そして肌もにごってる、それが苦悩を物語るという具合。太るだけならカワイイ。むしろ好感度が上がるのに……。

Edited by 齋藤 薫

公開日:2015.04.23

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