
人気連載「斎藤薫の美容自身 STAGE2」。 毎月第2水曜日更新。
女たちがみんな生きるうえで悩み苦しむのも、すべては気の強さゆえ。
まずはここであなたの周囲にいる女性たちのことを思い浮かべてみてほしい。親友、同僚、親、姉妹……その中に“気が小さい女”っているだろうか。たぶん、一人もいないはずだ。いても、ちょっと精神的にデリケートで、傷つきやすいタイプ。しかし“気が小さい”のとは何か少し意味が違う。ともかく、女はみんな気が強い。全員揃って気が強い。ただ一人ひとり強さの質が違うというだけなのだ。“気の強い女”というと、まず強さが顔にも言葉にも態度にも出る“きつい女”ばかりを思い浮かべるが、強さはまさにさまざま。一見おとなしそうだが、意外にガンコで引かない“強情な女”。サバサバはしているが、ズケズケ物を言う“向こうっ気の強い女”。ふだんは穏やかで大らかだが、決して物に動じない“肝の据わった女”。プライドが高く折れない“負けず嫌いな女”。逆境にめげない、イザという時泣かない“芯の強い女”……。
ざっと挙げてもこんなに種類のある“気の強さ”。あなたもそのどれかに当てはまるはずなのだ。考えてみればシンデレラも、『ローマの休日』のアン王女も『風と共に去りぬ』のスカーレットもメラニーも、みんなみんな気は強い。少なくともドラマの中に出てくる女は、100%強気。強くないと物語にならないから。したがって、女の気の強さはうまくすれば、そっくりそのまま“魅力”になり代わるのである。しかしその反面、女が生きるうえで苦労するのも、多くはその気の強さゆえ。
まず、強さが前面に出てしまっている“きつい女”は、自分自身がナイフか何かだと思っていたほうがよく、ふつうに接しても相手がキズついてしまうことがあるのを自覚したい。そして自分と同じくナイフな女とぶつかり合えば、刃がボロボロになる。ナイフをやみくもに振り回すから、うっかり自分の体を傷つけたりもしてしまう。こういう“きつい女”は、最強に見えてじつは非常にモロく、強いがゆえに苦しむタイプなんである。
そして、鼻っ柱が強ければ、その鼻をへし折られる激痛を味わわなければならないし、負けず嫌いが負けてしまった時の、激しい遺恨はバランスをくずさせるほどだし、“強情な女”の融通のきかなさは人生をスムーズにすべれない。あちこちで“打ち身”的な痛みを感じることになるだろう。そもそも泣く女は弱くない。“女の涙”は、気の強さから来るものがほとんど、“男の涙”のほうがよほど優しいくらい。強さが人をラクにするのは、動じない“肝っ玉”と逆境にめげない“芯の強さ”くらいなのだろう。
それにしても、女はなぜこんなに気が強くできているのか。それはたぶん“母親”になるため、なんじゃないだろうか。“野生の動物”の生態をのぞくとよくわかるが、たとえば白クマなんかは、自分より強い生き物はあんまりいない代わりに、厳しい自然に加え、なんと父親グマまでが子グマを食べてしまおうとするらしく、母親グマはそんな大きな敵から子供を守り抜かねばならない。だからいやでも強くなる。気の強さと芯の強さ、ねばり強さを身につけざるをえない。
なんでも人間の母親も、子供が高いところから落ちそうになると、100m走の金メダリストより速く走り寄れる潜在能力を持っているらしい。人間の“女”も、もともとはそういう意味での強さを与えられたが、それを違うところに使うから、苦悩が絶えないのである。いや別に、みんなが母親にならなくたっていい。でもせっかくもらった強さ、少なくとも自分を傷めつけない、自分を追い込まないように使うべきなんじゃないかということ。女の強さは、外に向かって押し出せば、だいた いがブーメランみたいに自分に返ってきてしまう。だからまずは、外に向けて押し出さず、自分の中に使う。つまり攻撃のためじゃなく、体を丈夫に屈強にするために使う。ケンカじゃなく、トレーニングに使うのだ。まず女の強さを目立たなくしてくれるのが、美しさ。美人がきつく見えたのは昔の話。今や美はすべてに優先する要素だから、ひとまず美しければ、いろんな困った強さもひとまず緩和される。いや、強さは弱まらなくても、人を安心させたり譲歩させたりする力が美しさにはあって、強さをカバーすることは可能ってこと。
しかし、自らを傷めつける強さを本当に抑制できるのは、やっぱり恋愛なのだが、厳密に言うと、恋愛によってもたらされるときめきや幸福や安心だけが、女の強さを中和できる。逆に、恋愛がやがてもたらす嫉妬や憎悪や執念は、女の強さを倍増させるわけで、恋愛はまさに薬であり毒。まったくバカみたいに原始的な方法だけど、強さが他人に向かって外へ出ようとしたら、ご飯でも丸ごと飲み込むように、その言葉、その感情をゴクンと飲み込んじゃうのがいちばんいい。幸い、自分の体にたまる強さはじんわり持続するものだが、他人に向かう強さは衝動的。“その瞬間”さえ飲み込めば、未然に防げる強さ。だからその瞬間瞬間に飲み込んでしまえばいい。ちなみに、強さは形にすればするほど増殖する。増やすなら内なる強さを増やすこと。悪い強さは飲み込んで浄化したのち、体の中にためるがいい。
断っておくが、女は宿命的に弱くはなれない。強さの絶対量を減らすことはできない。もちろん “美しい強さ”はたくさん持っていたいわけだから、強さをわざわざ減らすことはない。でもその強さをトゲのある言葉や負の感情などで相手への武器にするのじゃなく、自分が生きるうえでのエネルギーに転換する、それだけを心がければ、強い女こそが女の理想。男がゾロゾロ寄ってくるような、いろんな意味での最強の女となるはずなのだ。
女が自分の“気の強さ”に気づく時
自分の周囲の女たちは、ちゃんと気が強く見えても、女って案外、自分自身の気の強さには気がついていなかったりする。特に“強情系”や“負けず嫌い”“めげない女”は自分の強さを知らない。だからこんな時、こんな場面で、アレ私、じつは気が強かった?って初めて気づいたりするのかも……。たとえば、接客係がカンジの悪い対応をした時、「マネージャー呼びなさい」なんてやっちゃうみたいな場面。スジが通らないことにはモーゼンと怒る……ふだん穏やかな女が豹変するのはそんな時。
あるいはまたオフィスで。「これイマイチだから、こっちでやり直すよ」と、自分の作った企画書を上司が引き取ろうとした時、「いえ、私がやります」と、ぜったい引かないような場面。夜中何時になっても、作り直すという意地を見せるはず。眠っている“負けず嫌い”が目を覚ますのはそんな時。“責任感”より“強情”の賜物だ。
そしてまた恋愛で。恋人が浮気しているかもという疑惑を持ってしまった時、どうしても許せない、とことん糾弾してやろうと思う場面。自分の執念深さに気づくのはそんな時。ともかく女は100%気が強い。ストレスをためたり、精神のバランスをくずしたりするのも、結局のところは気の強さから。だから自分は気が強いんだと早く気づくこと。急に強く生きられたりしそうだし。
Edited by 齋藤 薫
公開日:2015.04.23