連載 齋藤薫の美容自身stage2

“ひとり”で生きる方法 “ひとり”にならない方法

公開日:2015.04.23

人気連載「斎藤薫の美容自身 STAGE2」。 毎月第2水曜日更新。

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誰かと一緒にいるための努力や工夫やガマンを怠れば、人間はたちまちひとり!

「ひとりのほうが気楽だし」「ひとりでいるほうが基本的には好きなタチ」“ひとり”で生きる準備を何となく、それとなく始めようとしている女は、たぶん多かれ少なかれ、そういう言葉を口にするはずで、それもまた“心の準備”のうち。あるいは、それを自分に言い聞かせることで、暗示をかけているのかもしれない。だから本当にひとりが好きなのかどうか、時々確認してほしい。たとえば、カップルや女同士のグループが周囲にやたらいて、ひとりなのは自分だけ。そういう状況で人をうらやましいと思わないかどうか、そこをきっちり見ておいてほしい。もしも何とも思わないなら、それは本当の意味で“ひとり”が合っている人、だからもう何も言わない、ひとりで生きてほしい。

でももし少しでもうらやましさを感じるなら、「ひとりが気楽」なんて、自分に言い聞かせないでほしい。ひとりで生きる準備もやめてほしい。繰り返すが、女にはやっぱり“ひとり”があまり似合わない。“ひとり”だと寒そうに見えてしまうのは、女の生体がひとりで生きる仕様にはできていないから。なのに、私はひとりがいいと自分を自分で追いこんでしまってはいないだろうか。大切なのはここ。“ひとりになる女”は結局、自分でそれを選んでいる。知らず知らずそこへ自分を追いこんでいる。原因は自分にあり、なのだ。

そう望んでいないのに“ひとり”になってしまっている女も、じつはけっこう自分の都合で、こういう時はひとりがいい、こういう時はひとりじゃイヤと、“誰かと生きること”に対し、ムラっ気を出してきたはずだ。いわゆるワガママとは違うけれども、大事なタイミングにわざわざ“ひとり”でいてしまったりするシーンが多かったはずなのだ。逆を言うなら“ひとり”になりがちな女は、自分をひとりにしないための計算とか画策がヘタ。結局ひとりでいないための努力を怠ってきた人が、不意にひとりになるわけだ。逆を言えば、“ひとり”になるなんて簡単。相手が男にしろ女にしろ家族にしろ、一緒にいる努力や工夫やガマンを怠れば人間はたちまちひとり。ボーッと生きてれば、人間いつの間にかひとりの単位になっていっちゃうのだ。

学生の時って、360度まわりにぐるりと友だちがいた。大した努力なしに、いつも誰かと一緒にいられた。むしろ“ひとり”になるほうがずっと難しかった。もちろん誰かとつるめば、キズつくこともあるし、面倒なこともあった。でも人間社会とは、そういうものだって、学生時代にさんざん学んだはず。でも、大人になってからは一転、人と人の距離が遠くなり、手をのばせばすぐそこに“友だちがいる”わけじゃない。だから人と一緒にいるにはそれなりの手間が必要だって、そこは時時再認識しないといけないのである。

友だちが多い人は、結局それだけの努力をしている。そして親友がちゃんといる人もそれ相応の手間をかけている。そして、いつも男がちゃんとそばにいる人は、ひとりにならないための工夫なりガマンなり、計算なりをやっぱり怠っていない人なのである。友だちが本当に多くて、毎日誰かしらと会ってゴハンを食べているような女性を知っている。なぜそんなに友だちをもてるのか、単に社交的なのではない。その人は結果的に相手の悩みを毎日毎日聞いてあげている。それってたいへんな労力である。ひらひらとテキトーに付き合っているだけじゃ、友だちは固定化せず、イザという時一緒にはいてくれない。そういうこと。

そもそも女よりも男のほうが基本的に孤独なのは、男同士はあんまり悩みを打ち明けたり、悩みを聞いたりを日常的にはしないから。でも女同士の会話の基本は、やはりそれ。悩みがある時ほど友だちができやすいし、人の悩みを聞いてあげてこそ、友だちは固定化していく。女同士の関係って、どこかそういうものなのだ。一方で、“ウワサ話”が好きな人ほど、友だちができやすいとも言えるが、これもただウワサをふりまいているだけじゃ、友だちは固定化しない。やっぱり女同士は悩みを打ち明けあって初めて、自分たちはひとりじゃないって、確認し合えるのである。

逆を言うなら、“ひとりで生きられる女”は、あんまり悩みをもたない女。悩みごとはあっても、それをあまりこねくりまわさない女。そして人間の悩みごとなんて、大したことないと思っている女。そう割り切れる人だけがひとりで生きられる。またそういう女は、カップルのいちゃつきや女たちのさざめきがうらやましくも、腹立たしくも聞こえないはずだ。そうでないなら、決して“おひとりさま”をやっちゃいけない。結局、女にひとりは似合わない。

“ひとり”で生きられる人と、生きられない人の見分け方

“ひとり”で生きられる人は、ともかくふたり以上の人間の群れを見ても、心を乱されない。そしてまた、休日に見事な晴天、“お出かけ日和”だったりしても“チッ”とは思わない。念のため説明するなら、世の中のカップルや家族連れは休日にお天気がよいと、一斉に繰り出して楽しいひとときを過ごすはずで、それをやっかむ人は、“ひとり”で生きられない人。

でも究極的に、ひとりで生きられる人かどうかの分かれ道は、むしろ男と別れる時の別れ方にある気がするのだ。相手がけっこうとんでもない男で、さんざん泣かされたりしているのに、どうしてもズルズルと続けてしまう。「もう私たち、おしまいね」なんて口では言いながら、結局いつまでも別れない。付き合った男といつでも“腐れ縁”になってしまう女は、要するに“ひとりになるのがコワくてしょうがない”女。ひとりになる恐怖を、いつも男への愛情とカン違いする女。そういう女は、所詮ひとりでは生きられないのだから、誰かと一緒にいる努力と工夫とガマンを怠ってはダメ。

一方、相手に不満や疑問をもったら、その時点で別れを覚悟できる女は、たぶんひとりでも生きられる。でも世の中皮肉なもので、潔い別れ方ができる女は、意外にひとりにならないで、ひとりになりがちなのは前者のほう……。だからなおさらガンバッテ。別れない努力じゃなく、人と一緒にいるための努力を。

Edited by 齋藤 薫

公開日:2015.04.23

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