連載 齋藤薫の美容自身stage2

変わっていく女

公開日:2015.04.23

人気連載「斎藤薫の美容自身 STAGE2」。 毎月第2水曜日更新。

人気連載「斎藤薫の美容自身 STAGE2」。 毎月第2水曜日更新。

良く変われば人が寄ってきて、悪く変われば人は去っていく。それが世間。だから不用意に変わっちゃダメ。

「私を今日から、マリアと呼んで」みたいに、自分で勝手に名前を変える人がいる。芸名、ペンネームの類は別として、確固たる理由なく自分の名前を変える人は“信用できない”と言った人がいた。いやたぶん本人にはちゃんと理由があるのだ。「今日から生まれ変わるの」という……。

ついでに言っておくならば、字画が悪いからとか、パッとしないからという理由で芸名などを変えて、急に良くなった人を見たことがない。パッとしないのは名前のせいじゃなく、単に努力が足りないせい。名は体を表すが、名前だけポンと変えても、人はそう簡単には変わらない。ちょっと乱暴な形で自分を無理に変えようとしても、うまくはいかない。とくに名前をくるくる変える人って“やっぱりへん”だ、とみんな思ってて、そもそも世間が違和感を覚えるような変わり方で、急に幸運が舞いこむわけがないのである。変わることは、とってもいいこと。でも方法を間違うと、人は不幸になる。そういうことだろうか。

まず、当たりまえのことだけど、人は“良く変わる”ことができなきゃ、何度変わっても意味がない。そこを多くの人は忘れている。良くなったことが、目に見えないのなら、人は変わる必要などないってほどに。たとえば、少女から大人の女になる時でさえ、「大きくなったね」だけじゃダメ、ちゃんと「キレイになったね」と言われなきゃいけない。1ミリでも良くならなきゃいけない。それが絶対条件だから、人はそんなにポンポン変われる道理がないのである。でも逆を言えば、女には“良く変わったこと”を世間に向かってあえてアピールしなきゃいけない時がある。そこでプラスに変わらないと、逆にマイナスに見えてしまう、そういうタイミングがあるのだ。良く変われば、ちゃんと伸びているように見え、いかにも充実した人生を送っているように見える重要な“見せ場”になるけれど、そこで変わらなければ、後退しているように見え、不幸そうにも見えてしまう。

それがひとつは、少女から大人の女になる時。いまだに少女のような佇まいのままで30代までいってしまう人がいるが、それは女としてあまりにも損。不思議とみんな不幸そうに見える。まっとうな恋愛経験がなさそうに見えてるからだろうか。次に“失恋”した時。世の中ってけっこう意地が悪くて、手痛い失恋をした時、女は必ず“悪く変わる”って踏んでいる。もちろんそれを望んでいるわけじゃないが、ボロボロになったり、なりふり構わなくなったりする女を見て、何となく人が引いていく。どうにも“下向きのベクトル”しか見つからないからである。そこで、一転立ち直ろうとする姿を見せると、急に人が寄ってくる。つまり“上向きのベクトル”を見たとたん世間は必要以上に、その人を称えるのだ。華原朋美などは、その2つの“世間”を目のあたりにしていたはずだ。

そして“結婚”した時も女はぜったいに良く変わらなきゃいけない。まあひっそりと結婚して変わらずにいるというのもひとつの方法だけれども、幸せを体中で表している女に限って、その結婚が果たしていい結婚だったのかどうか、世間はおせっかいにも固唾をのんで見つめてしまうのだ。ただ、それも“結婚は本当に女を非の打ちどころなく幸せにするものなのか?”という大命題に、チャンスあらばみんな答えを出したいと狙っているから。したがって、結婚してキレイにならないと何を言われるかわからない。良く変わらなきゃ、たちまち不幸を同情されたりするのは確か。

さらには、10年ぶり、20年ぶりの同窓会なども同様で、「変わらないね」と言われるのは、まあ良く変わった部類。多少とも良くならないと、落ちぶれて見えるきわめてシビアな舞台なのである。そういうふうに、ここぞという時、女は力ずくでも自分を良く変えたい。良く変わったふりでもいいからしてほしい。そこで力を抜くと本当にズルズルと坂を下っていってしまうから。たぶんそういう時って“良く変わる”も“悪く変わる”も、紙一重。ちょっと気を抜けば下がっていき、ちょっと力を入れれば上がっていく。だから“見せ場”ではちゃんと“良い変化”をアピールしてほしい。上向きのベクトルを見せてほしいのだ。いずれにしろ、人は生きている限り上昇するか、下降するかしかないわけで、くるくると自分を変えるなら、必ずプラスに変わること。それができないなら、紛らわしい変身は周囲を混乱させ、イラつかせるだけだからやめておく。

そんなに無理矢理自分を変えなくても、人は何かに挑んだり攻めたり、前に進めば必然的に変化に見舞われる。たとえ何かに挑んで大失敗して最悪の状態に追いこまれても、そういう時こそこう思えるのだ。「でも平気。これ以上悪くはならない。あとは良く変わっていくだけ」。人が輝いて見えるのは、まさにそういう時。人にとってそれほど大きな“上向きのベクトル”はないのだから。上向きのベクトルを持っていれば、人は必ず寄ってくる。ジッと動かずに名前だけ変える人より、何倍もの引力を持つことだけは確かなのである。

髪型を頻繁に変えすぎる女は彼氏ができにくい?

じつは、髪型を年中変える女も、“信用できない”って声がある。女は時々髪型を潔く変えて、周囲をハッとさせたほうが、“飽きられない”という意味でぜったい得である。しかし、変える頻度が一線を越えると周囲をイラつかせ、一転“逆効果”。根拠はないが、年がら年中髪型を変える女は、彼氏ができにくい……そういう気がしなくもない。

昔、とっても美人なのに、それこそ年がら年中髪型を変える女性がいた。最初はいちいち反応していた周囲の男たちが、やがて彼女への関心を急速に失っていくのが見えた。TVのザッピングって、一見愉快なようでいて、じつはどの番組もつまらなく感じるのと同じ。魅力やキレイが見えなくなっていくのだ。これも、“変わる時”は良く変わらなければ何にもならないという、何よりの証拠。髪型を変える時、女が特に気をつけなきゃならないのは、ぜったいに“良く変わること”。タレントが髪型を変える時、必ず人気が落ちるというように、前のほうが1%でも良かったりすると、女のイメージは必要以上にキズついてしまう。

そういう意味で、不用意に年中変えていたら、マイナスのヘアチェンジになることも避けられない。そういう失敗をくり返していると、女はだんだんキレイを減らしていってしまう。だから髪型を変える時は慎重に慎重に。良く変わらないなら、変えないこと。

Edited by 齋藤 薫

公開日:2015.04.23

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