連載 齋藤薫の美容自身stage2

頑なな女は幸せなのか?

公開日:2015.04.23

人気連載「斎藤薫の美容自身 STAGE2」。 毎月第2水曜日更新。

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“頑な”も上手につかえば大成功のもと。でも他人を認めない”頑な”は必ず破綻する。

“頑固な女”には、ハッキリ2種類いる。そこをまず明快にしておきたい。ひとつは、人の意見を聞かない、時代の流れも見ていない、だからひとり浮いてしまうタイプ……。今でこそ再び“つけまつ毛”がポピュラーになりつつあるが、ひとっこひとりつけていない時代に、フランス人形みたいなつけまつ毛を堂々とつけ続けた女性がいた。ユ60年代~ユ70年代には一般の女性もつけた“つけまつ毛”を、そのままつけ続けていた中年の女性。もちろん恐ろしく浮いていた。“頑な”ってものすごいパワーだって思ったもの。確かに何倍も目を大きく見せてくれていた。“つけまつ毛”を外してしまうのは、怖いこと。昔、美人だった人ほど頑なに自分を変えないのと同じで、怖いのだ。

しかし、世の中がNGというものを、ひとりつける怖さに比べたら、それは大した恐怖ではないと思うのだが、“頑なパワー”は、それを超えてしまうのである。“頑な”には、情趣を解さないさま、無風流という意味がある。時代の流れをまったく無視できる強烈な野暮は、やっぱりあってはならないものなのだ。

でももうひとりの“頑固な女”は、モノが見えていないわけじゃない。時代の流れについていけないわけでもない。それでも誰が何と言おうと、引けないものがある、妥協できないものがある女……。意地っぱりな女とも言えるけれど、でも意志の強い女とも言える。“頑な”とか“頑固”という意味を辞書で調べれば、ロクなことが書かれていないし、実際“頑固な汚れ”とは言うけれど、“頑固な美しさ”とは言わない。だが“頑固な人間”、“頑固な女”にはネガティブだけじゃない、プラスの側面もあることだけは確かなのである。モーグルひとすじの上村愛子も、ヴァイオリンひとすじの五嶋みどりも、みんなある意味で頑なだ。卓球ひとすじの福原愛ちゃんは、まだ全然子供の頃に「卓球をぜったいやめない」と足をバタつかせて泣いていた。あんな頃から頑なだと、ああいう立派な高校生になれるのである。つまり、“頑な”ってああいうふうに使えばとても早い時期に、他の人が味わえない極上の感動や幸福感を得られる手段となるのだ。

しかし今、困った“頑な”の使い方をする人が増えている。『他人を見下す若者たち』という本は、今どきの若者が「自分以外はみんなバカ」と思っている……という現実を伝えた。いや、“若者が……”なんて言っていられない。20代も30代も40代も、今はみんなそれぞれ“自分がいちばん正しい”と思いがちな時代。20代は無知と経験不足から、30代は自己主張と自信過剰から、40代はあせりと自己防衛から。自分の正しさを何かの形で主張したくなる理由は、どの年齢にも同じ量だけある。挫折をあまりしていない、人間関係でもお互い決してキズつけ合わないように気を遣いつつ、浅めの関わりにとどめておく、そういう時代が知らないうちに新しい“第三の頑なさ”を生んでしまったということなのだろうか。

少なくとも今は各年代、センスだけは一様にきっちり磨いている時代だが、なぜかむしろオシャレな人ほど、この“第三の頑なさ”にハマっていきやすい。それは、いつも自分がいちばん正しくなくてはならないから。何をおいてもトレンドはちゃんと追うから、ひとりだけ野暮に見えちゃう“お人よしの頑なさ”は持っていない。そういうところは如才なく、情報には見事についていくのに、自分以外の人は、認めないし従わない。“第三の頑なさ”は、そこが妙にきっぱりしている。自分がつねに“正しいこと”を証明するためである。

つまり、外見では自分がつねに“正しいキレイ”を備えていなきゃならないから、オシャレや美容ではトレンドにとっても素直に従い、非の打ちどころのない自分をつくっておく。けれども内面では、他者を否定することによって、自分を“正しきもの”にしてしまう。またこの強引な辻褄合わせに矛盾が出てくるほどに、自らの正当性を成立させることに必死になるから、ついついここまで思ってしまうのだ。「自分以外はみんなバカ」って。でもそのままじゃ人はとうてい伸びないし、とうてい幸せになれない。自分はいつも正しくなけりゃならないから、結婚は正しく成し遂げるかもしれないが、その先どうなっていくのかは別問題。“自分だけが正しいこと”にはいつか必ず破綻が来るものなのである。

でも“自分が正しいこと”になぜそんなに頑なにならなきゃいけないのだろう。自分を否定されることをなぜそんなに恐れるのだろう。そのほうが楽だから?プライドがキズつかないから?じつはよく考えるとメリットはほとんどない。まったく伸びないし他人も寄せつけない……とデメリットだらけ。別にいいじゃない?今、正しくなくてもこれから正しくなれば、そのほうがうれしいし楽しい。そんなことに頑なになっているヒマがあったら、何か別のこと、何か打ちこめることに一途になってみよう。成功者はみんなどこか柔軟に、時代の流れに身をまかせながら、人の意見を聞き入れながらも、“頑な”に何かに打ち込んだことは確かなのだ。だからくれぐれも“頑な”の使い方、間違えないで。

あなたは変わりたい女か?変わりたくない女か?

そもそもあなたは“変わりたい女”ろうか?それとも“変わりたくない女”ろうか?そんなふうに聞いておいて、ナンだけれども、じつはどちらでもないほうがいい。もちろん変わるべき時はあるが、いつもいつも変わりたいと思い続けているのはテイのいい現実逃避。いつも隣の芝生が青く見える、いつも隣の女になりたい女、だからである。物事が自分の思うようにいかないからと、“違う女”にばかりなりたがっていると、いつまでたっても何も達成できない。腰を落ち着けなきゃ何もできない。一方の“変わりたくない女”、すべてにおいて守りに入って、ジッとしたまま動かない。臆病で億劫な生き方に、人や幸せが都合よくやってくるはずもない。だから“変わらないこと”も拘泥すべきじゃないのはわかるだろう。

だからどちらにもならないほうがいいわけだが、いちばん大切なのはむしろ、変わるべき時はさっさと変われるカンの良さ。鋭くそのタイミングを見抜いて自然にすみやかに変われる反射神経、運動神経みたいなものを持っていること。大切なのはそれだと思う。変わってばかりいても、石のように変わらなくても、幸せはつかめない。ついでに言うと、 “変わりたい女”も“変わりたくない女”も、占いに頼りがち。どう変わったらいいか占いに聞き、私変わらなくてもいいよねと、占いにどっぷり頼り始めたら要注意ということ。

Edited by 齋藤 薫

公開日:2015.04.23

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