連載 齋藤薫の美容自身stage2

今、クラス会で光る女、くすむ女

公開日:2015.04.23

人気連載「斎藤薫の美容自身 STAGE2」。 毎月第2水曜日更新。

人気連載「斎藤薫の美容自身 STAGE2」。 毎月第2水曜日更新。

クラス会では、”幸せのふり”も良識のうち。そしてモテるのも良識ある女。

「いい男がいない」が口グセになっている人は、卒業アルバムを見直すといい。人生には、好調な時期と不調な時期があるけれど、自分が絶好調な時は周りにも“いい男”がいっぱいいたはずなのに、不調な時はやっぱり男にも恵まれない。裏を返せば“周りにいい男がいない時”って、むしろ自分自身がパッとしなかったりするもの。そういういい男を吸い寄せない自分の責任だったりするものなのだ。

というわけで、ひとまず自分がいちばんキラキラしていた時代を見直すため、当時のクラス会などをいっそ自らアレンジしてみるのはどうだろう。さてクラス会での評価は、昔の自分のイメージと今の自分が比較され、その相対評価として下されることが多い。つまり昔は可愛かったのに、今は“普通”になってたら、必要以上にガッカリされてしまうということ。逆に昔はまるでパッとしなかった女が、見違えていたら、必要以上に注目を浴びるだろう、ということ。

とは言え、昔何らかの理由で“嫌われていたタイプ”は、いくらキレイに見違えようと正当な評価を受けないのも、またクラス会の特殊事情。逆にクラスのマドンナだった女性はたとえば30年後、すっかり歳をとっても、異性の目には昔の好感度がダブッてくるから、見た目よりも多少麗しく見えることもあるわけで、そこが何とも複雑。つまり昔の評価がダブッて見えてくる部分もあって、だからクラス会にのぞむ女は難しいのである。昔のイメージに助けられることもあれば、足を引っ張られることもある。まさに因果応報。女の運命のつくられ方は単純なものじゃないのである。

で、ひとつの結論は、クラス会で重要なのは、めぐりめぐって内面だったりするという話。足を引っ張るのは、いつも心のマイナス面だからだ。いやそれ以前に、昔“嫌われていた女”が見違えるほど美人になってるケースはたぶん少ない。人は“普通の感性”を持っていたら、大人になるだけでキレイになれるが、変人はやっぱり順当にはキレイになれない。女を成長とともにキレイに磨いていくべきは、普通の感性や常識や良識だったりするのだ。その傾向は、歳を重ねるほどに顕著になり、歳をとるほど性格がキレイを左右する。だから、40代50代で行われるクラス会の場合、しっかり光るのは必ずと言っていいほど、性格が穏やかでいかにも良識のある女。そういう人には必然的に品格も加わってくるからモテまくる。歳を重ねるほどに、良識あるキレイが光を放つようになるのだ。つまり、年齢を重ねて男をガッカリさせるのは、容姿の変化より内面の変化のほうだということ。

たとえば昔のアイドルが40代くらいになった時、かつてのファンをガッカリさせるのは、見た目のオバサン化より中身のオバサン化だという。でもついでに言うなら、中身がオバサン化してしまうと、見た目も必ずオバサン化している。女は結局、内面から老けていくのである。クラス会でも同様、昔のマドンナもガチャガチャした女になっていたら、それだけで男たち全員を奈落の底へ突き落とす。“女という生き物”そのものに大きく失望するからだ。男も女も思い出を美化したいのは同じ。女がクラス会で期待するのと同様、男たちだって“昔のクラスメート”を美化してる。その美化にちゃんと応えてあげるのが、クラス会のマナーというものなのかもしれない。

そしてもうひとつ、30代半ばぐらいから、クラス会での評価を分けてしまうのが、やっぱり“幸せかどうか?”とプライドの高さだろう。まず、それなりに豊かで幸せな生活を送っていれば、クラス会ではちゃんと輝いて見える。好感度も高くなる。周りに人が寄ってくるだろう。なぜならみんなを安心させるから。クラス会って、行くまでも行ってからもみんなけっこうハラハラしてる。昔のクラスメートが、どうか“嫌われ松子”みたいな人生を送っていませんようにと願うから。

もちろん、人の不幸を願う人もいなくはないが、少なくともクラス会での会話は、そこそこ幸せな生活を送っている人とかわしたいし、そういう人だけが人を惹きつける引力を持つのは世の習い。ただ、たとえ私生活が不幸のどん底でも、クラス会でだけは弱みを見せたくないというプライドのある人は、ちゃんと幸せそうな風貌をつくってクラス会に出かけるのだろう。そしてクラス会って、所詮は人生における“一瞬の晴れ舞台”だから、女は“幸せなふり”をしたほうがいいと思う。それも、ひとときのクラス会をなごやかにつつがなく済ませる大人のマナー。それもまた大人の女が持つべき良識。それで再会の恋でも始まればこっちのもの。幸せで“幸せ”を釣ればいいのである。

結局どちらに転んでも、クラス会で光るのは、良識ある女。美容は一応表面を磨くものだが、クラス会では良識のほうがモノを言う。たぶんアンチエイジングはキレイだけでなく、良識を磨くことだって、ここから学んでほしいのである。

クラス会では通常の30%のエネルギーで恋ができる

最近のアンケートが伝えているように、この数年、恋愛をしている人が極端に減っている。18歳から35歳までで、現在進行形で恋をしている人の割合は女性が32%、男性がわずか24%にとどまった。理由の多くは“キズつきたくないから”。そしてやっぱりちょっと面倒だから。だからこそ、恋愛できない人はクラス会に駆けつけてほしいのだ。

クラス会で誰もが感じる懐かしさ、郷愁は、不思議だけれど、恋愛感情に非常によく似てる。人を好きになり始める時の、あの切ないカンジによく似ているのだ。だから“昔好きだった人”でもないのに、10年20年ぶりに再会すると、それだけで少しときめいてしまうもの。そこに恥じらいなども加わるから、みんなけっこう簡単に恋に落ちる。ハッキリ言って、“錯覚”だ。でも恋愛なんてもともと錯覚から始まるもんだ、という見方があるくらいだから、それもまた恋の始まりとして喜んでしまっていいと思うのだ。

しかも初対面じゃない。お互いの昔を知っていると、相手の多くを知っていると思ってしまいがち。だから恋愛にともなう不安や猜疑心がもともと少なく、“傷つきたくない男女”にとっても、少し安心。大丈夫かも……と思うから、恋が始まりやすいのだ。結果、通常の恋愛の3割程度のエネルギーで恋が始動してしまう。だから、恋がしたくてもできない人は、自ら幹事でもなんでも買って出ること。

Edited by 齋藤 薫

公開日:2015.04.23

Serial Stories

連載・シリーズ