連載 齋藤薫の美容自身stage2

いい子なんだけどね……な女

公開日:2015.04.23

人気連載「斎藤薫の美容自身 STAGE2」。 毎月第2水曜日更新。

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わがままも、身勝手も、そして”男性”性も男には魅力的にうつっている。

“悪い子じゃないんだけどね……”と“いい子なんだけどね……”は、一見同じ意味にも思えるが、じつはそこに決定的な違いがある。前者は、主に女たちが使う表現。後者は、逆に男たちが使う表現で、“いい子なんだけどね”と男に言われる女は、女としての魅力に今ひとつ欠けるのだ。私たち女も、男に対して同じような表現を使うから、そのニュアンス、とてもよくわかる。「いい人なんだけど、でも何も感じない」「いい人なんだけど、男として見られない」。男が言っている“いい子なんだけど”も同じ意味で、女として何も感じない女を指す。

ただし、美人じゃなかったり、スタイルが悪かったり、また単に色気に欠ける女を“いい子”と呼ぶわけじゃない。そして、額面通り受け取ってしまえば“性格がいいこと”になるし、半分は誉められた気分になるのかもしれないが、異性間で使われる“いい子”“いい人”は、もっとクセものだって知っていてほしい。私たちが異性に対し、“いい人”と言う場合、単に“男を感じない”だけじゃない。もっと“何かが足りない”という印象があるはず。たぶんいろんな意味で物足りない男に対し、私たちは“いい人”を使うのである。

男たちも同じ、単に“女を感じない”だけじゃない。人としても何かもうひとつ足りないタイプをひとまとめにして、面倒臭いから“いい子”と呼んでしまうのではないのか。ひとつだけ確かなのは、“多少の悪さ”がのぞくくらいのほうが、男はそこに女を感じるということ。これも、女にはわかる。どこかにひとつまみの悪の匂いや危うさみたいなものがのぞいたほうが、男としてのみならず人としての魅力を感じるものだけど、男にとっても同じ、清廉潔白なだけではない“何か”を潜ませた女なら“いい子”ではすませない。ちゃんとそのアイデンティティを認めるはずなのだ。

ちなみに、男が女に性的魅力を感じるのは、“女性ホルモン”に対してではなく、驚いたことに女の中の“男性ホルモン”に対してなのだという説が、今大きな注目を浴びており、それも、男だけがもつ“戦う本能”を一部刺激されるからではないかという見方がある。もともと、あまりに心優しい子羊のような女より、なかなかなつかず、時には反発して牙をむく、ある種御しがたいヒョウのような女のほうが男の征服欲を刺激すると言われるけれど、それもまた同じような意味なのだろう。男に歯向かうくらいの女のほうが、男の闘争本能を刺激するのは確かで、そういう女の中の反抗心みたいなものは、女も分泌している“男性ホルモン”から生まれているものと考えると、これはつじつまが合う話。気の強い女や一筋縄でいかない女、ちょっと生意気な女のほうが、むしろモテたりするのは、すべて“男性ホルモン”が男を呼び込むからなのだ。

つまり、“いい子”とは女性ホルモンだけで生きているような女を指すのじゃないか。男におとなしく服従し、しかも素直に尽くすのは、たぶん“女性ホルモン”が命じる行動なのだろう。だから男も愛おしくはあるけれど、それ以上は何も感じない。かえって女を感じないというのはうなずける。しかも今どきの男は、どこか尊敬できる女でないと愛せない時代だとすれば、男のように力強くたくましく社会を渡っていく精神が男心をつかむキモとなり、それはやっぱり“男性ホルモン”から生み出されると考えたほうがわかりやすい。

女のほうが強いとか、たくましいとか言われるのも、男のように腕力がないぶんを、精神的な“男性”性で補うために、神様が男性ホルモンを与えたため。ついでに言うなら、男が意外に小心で心優しかったりするのも、腕力が100%攻撃性や闘争心をもってしまったら、世界中が暴力的な争いばかりになってしまうから、神様が男たちに女性ホルモンを与えたのである。平和のために。ともかく、そんなこんなで、男は女に“ちょっとした悪さ”を求めている。明らかに“悪い女”ではマズイが、正しさの中に不徳な部分を秘めていること。女の中に男を秘めていること。女にもそういう奥ゆきが求められているということ。

男と女には、本来とても多くの出会いがあるが、どちらかにフックやトゲのようなひっかかりがないと、何度出会ってもするっとすれ違ってしまい、後に何も残らない。出会ったことさえ記憶にないというふうになりがちだ。だから多くの出会いが無駄にされている。ひとつひとつの出会いをもっと有意義なものにし、形にするために、もっとフックのある女になっておこう。あるいは、痛くない程度の小さなトゲのある女になっておこう。“いい子”ですまされないために、一体何をしたらいいの?というなら、答えは簡単。“いい子”のふりをしないこと。男には自分をそっくりそのまま見せていくほうが得なのだ。わがままも、身勝手も、気の強さも、無器用さも、また多少のいい加減さも、男に対しては逆に魅力の一部になる。男に対しての女の魅力となる。女たちに“悪い子じゃないんだけど、でもね……”と問題にされた部分が。だからそこを上手に使い分けた女の勝ち。女に認められ、男にモテる唯一のコツである。

“魔性の女”まではいかないプチ魔性のすすめ

男たちが“いい人”すぎる女には女を感じないなら、女を感じる“悪業”ってどんなことか。そこに“業”という言葉が使われているように、モテる悪はすべて女の業が作るものと考えてもいい。業とは、むしろ運命や宿命がその女に与えたもので、だからナゾめいてもいる。同じ悪でも、あまりいやらしい計算の匂いがしないから、男心を引き込むのだろう。本文ではそこに“男性ホルモン”が関係していると言ったが、どちらにしても自らが意図したものじゃないからこそ、男を魅了できるのだ。

たとえば、恋人がいるのに他の男を好きになってしまうのは、計算ではなく業。本当は好きなのかもしれない男にも、反抗するような態度をとれるのも、計算ではなく男性ホルモン。だから男が惚れる。いわゆる“魔性の女”は、その最たるものだけれど、典型的な“魔性の女”は残念ながら危なく非常識なイメージが強すぎて、さすがの男たちも引いてしまうだろう。だからプチ魔性くらいを備えた女が、たぶんいちばんモテるのである。言い換えれば、プチ程度でも何でも、ナゾめいた部分があったほうが、男への引力は大きいということ。“いい子”はそういう意味で、完全にガラス張りのイメージ。家の中の下着の入ったドレッサーの位置まで丸見えみたいなイメージがあるから、男たちはそれ以上の関心をもたないのである。だから女は全員プチなヒミツを備えておくこと。

Edited by 齋藤 薫

公開日:2015.04.23

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