連載 齋藤薫の美容自身stage2

何をもって、女の”成功”というのか?

公開日:2015.04.23

人気連載「斎藤薫の美容自身 STAGE2」。 毎月第2水曜日更新。

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“女の成功”は我にあり。”形ある成功”には終わりがあるが、”内なる成功”は一生もの!

“女性社長”の会社は伸びる……そんな経済番組をぼんやり見ていたら、登場する“女性社長”は見事に美人ばっかり。そういえば、外資系ファンドに会社を乗っ取られそうになったことで、たびたびニュースで姿を見かけた食品会社のトップも、60代にして美人。ともかく世の中こんなに美人社長が多かったのかとあらためて思い知る今日この頃。誰が決めたのか、昔の女の多くは地位か美貌か、どちらかしか求めなかったのに、今はまったく平然と両方一緒に手にしてしまう。それどころか社長までいく人ほど女としてもちゃんと魅力的だったりして。たぶんひとつ欲しがる人は、ひととおり欲しい。“美貌と成功”を一緒に手に入れるのは今、ひとつのトレンドなのである。

でもふと疑問に思うのは、“女の成功”って何なのだろうということ。それこそ女社長になること?決してそうではないと思う。一企業を背負い、全責任を負った女社長は、何だか辛そう。そのカッコよさの10倍の苦労があるわけだし、“社長”にも退陣あり、失脚あり、もちろん倒産だってあるのだから、もしそれが“成功”なら、成功ってそれほどうれしくないし、楽しくない。だいたいが一生ものじゃない。“有名になること”を成功と呼んでもいいが、それによる達成感だってそう長くは続かないし、女のステイタス職業No.1の“女子アナ”になっても、局アナとしてピークを張れるのもせいぜい5~6年?それを足がかりに国会議員になる方法もあるが、政治家にも任期があり……。

どっちにしろ、一般的に“成功”と呼ばれるものは、ある意味“期限つき”。いや、“成功”ほど不確かなものはないのである。 おそらく“成功者”と呼ばれる人の多くには、“成功実感”などない。むしろそれを維持するのに必死だったりする。“成功”を夢見る人の夢を奪う気などはさらさらないけれど、“成功”も生き物、掴んだと思ったら逃げちゃう場合もあるのだと心得て。

そう、だから“女の成功”は我にあり、と思うのである。男は地位や名誉や富を“手にする”ことを“成功”と呼ぶけれど、“女の成功”は、外から持ってきて手に入れるものじゃなく、むしろもっと“内なるもの”。自分の体の中で生み出すものなのじゃないかと思うのだ。たとえばそれは、“なりたい女”になるということ。誰から見ても“素敵”、誰からも愛される女になりたいという目標を持ったとして、そこへ試行錯誤しながら近づき、到達することは、まぎれもなく“女の成功”。しかもそれは、まったく“一生もの”で、揺るがない。何があってもコワれてしまわない。言うならばそれは、“自分づくり”に成功することで、これほど実のある成功はないはずだ。もちろん、キレイになることも、女を磨き上げることも、自分づくりの成功のひとつ。

逆を言えば、“美容”も“自分磨き”も、“成功”という着地点を目指してやらないから、何となく曖昧なまま、手応えがあまりないまま終わったりするのじゃないか? 特に“自分磨き”はとてもやみくもになりがち。ダイエットに“成功する・しない”という基準を持って取り組むのは、数値になって結果が出るからだけど、同じように自分磨きにも“成功を目指す”という意識を持つと、もっともっと手応えというものが感じられるようになるのだろう。自分がひとつ高みに昇った感覚があったり、“自分の値打ち”が上がった気がしたらしめたもの。それがすなわち“女の成功”である。つまり自分づくりの成功によって得られるいちばん尊いものが、じつは“自信”。何でもできそうな気がする自信。それを元手にいろんな場面に積極的に出ていけること、誰とでも積極的に関わっていけること。それを“女の成功”と言わずに何と言おう。

もともとあらゆる“成功”は、そうやって次のステップに進むためにある。お菓子づくりで成功したら次はカフェをつくり、カフェを成功させたら、今度はレストランをやり、それも成功させたらプチホテルをやり……みたいに。つまり“成功”は、成功したからとそこで止まってしまうと、いつか消えていく。前に進んでいくためのエネルギーに他ならないのだ。“なりたい女になること”も、なって終わりじゃなく、誰から見ても素敵で誰からも愛される女性になった時、人生が面白いようにいい方向に動きだす。その結果ガツガツすることなく、いつの間にか、美人社長”にまで昇りつめたりして。

いずれにしても成功とは、いいほうへいいほうへ進むための力の源泉にすぎないのだって、そう考えてほしい。「“成功”は目的でなく結果である」という言葉があるが“たとえばあの役を演じたくて、がむしゃらに頑張ったという菊地凛子の脳裏に、“アカデミー賞の助演女優賞”のことなんて、チラとでも浮かんでいただろうかということ。0.1秒も頭をかすめなかっただろう。だけど今、彼女の人生は、竜巻みたいにすごい上昇を見せている。それも、あくまで結果として。

ともかく“成功”自体は必ず終わりがくる。だから“形ある成功”より、まずは決してなくならない自分の中の成功、女はそこに力を注いでみるべきなのだ。菊地凛子が磨いた演技力と度胸と信頼は、生涯決してなくならないように。

“成功”そのものより、“成功体験”を持って生きる!

こんな人がいた。某化粧品メーカーに勤務。自分が手がけた化粧品が大成功を収めた時、もちろん社内的にも高い評価を得るが、そのヒットによって今まで感じたことのない“手応え”みたいなものを感じ、その人は会社を辞める。それは達成感でもあり、自信でもあったのだろうが、もっと言えば、“どうすれば商品が成功するのか、何となくわかってしまった”みたいな手応え。その後いくつかの会社を渡り歩くが、そのたびにキャリアアップ。さらなる実力と実績を積み重ねていく。

この人は、企業の一スタッフという立場にはあるけれど、まぎれもない “成功者”。ひとつの“成功体験”を得て、それを元手にいくつもの製品を成功に導いていく。女にとってそれも立派な成功の形だと思うのだ。たぶん一度でもそういう経験をした人なら、わかるはずだ。自分が関わった製品が大ヒットしてしまう。自分の勤める会社が急成長する。自分の手がけた企画やクリエイションが、何かの賞を獲得する。そういう経験が一度でもあれば、わかるはず。それが、“成功”なんである。

結局そういう経験をした人は仕事の楽しさがわかり、どんな仕事についても欲求不満になることがない。今自分が何をすればいいか、ほぼわかっているからだ。お金ががっぽり儲かることだけが成功じゃない。バンザイと喜べる仕事はすべて成功!

Edited by 齋藤 薫

公開日:2015.04.23

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