1. リトル・チルドレンな女たち

斎藤薫の美容自身2

2015.04.23

リトル・チルドレンな女たち

人気連載「斎藤薫の美容自身 STAGE2」。 毎月第2水曜日更新。

リトル・チルドレンな女たち

女の幼さには2種類ある。愛される無邪気と、全然カワいくない邪気と。

世界的には絶讃された映画が、日本では不発に終わること、決して少なくない。『リトル・チルドレン』という映画は、オスカーで3部門、世界中で約50もの映画賞にノミネートされた“傑作”ながら、わりにふつうの人々のちょっとした出来事をリアルにリアルに描いた内容。こういう映画に対し、日本人はだいたい同じような反応をする。「ちょっと物足りない」「何を言いたいのかよくわからない」

この映画にも似たような反応が出てくるかもしれないと感じたのは“リトル・チルドレン=大人になりきれない大人たち”として描かれた人々が、とても普通に見えたから。脇を固める“リトル・チルドレン”たちは別として、いわゆるW不倫に陥る主人公の女と男は、一見それほどの“子供”には見えない。こんな大人、そのへんにいっぱいいる。それがあまりにリアルに描かれているからこそ、日本人には“主題”が見えにくいのではないかと思うのだ。でも今度ばかりはわからなくてもいい気がする。日本人はもともと“気質的”にリトル・チルドレンな要素を持っている。一見とても理性的な大人に見えるけれど、その裏返しのように幼さを心の内に秘めている。あらゆるジャンルにオタクが存在し、大人もマンガを読む国……。ひとつのことに凝りまくり、だからいろんなものをオリジナルで生み出してきた。しかしながら“お行儀のいい他人に迷惑をかけない子供っぽさ”だから、許されてしまうのが日本人の幼さ。

でもそれが愛すべき人格の基礎にもなっている。むしろどういう“幼さ”を持っているかが、それぞれの個性であり魅力。一見ちゃんとした大人に見える女が秘めた小さな幼さ、それがそのまま女としての魅力に見えている気がしてならないのだ。

むしろ、その子供っぽい部分を上品に混ぜ合わせることが“キュート”の極意であり、大人BUTカワイイのキモ。“大人カワイイ”はなにも、ファッションだけのキーワードではない、大人の女の魅力のバランスシートには絶対必要な要素なのである。つまり大切なのは、そのサジ加減、チルドレンが過ぎたら話にならないからこそのリトル・チルドレン。人に迷惑をかけないひとさじの子供っぽさをバランスよく加えてみたいのだ。