1. "オトナになる"と"老ける"の違い

斎藤薫の美容自身2

2015.04.23

"オトナになる"と"老ける"の違い

人気連載「斎藤薫の美容自身 STAGE2」。 毎月第2水曜日更新。

精神的にオトナな女は不思議なくらい老けない。衰えが衰えに見えない。

奇跡の4回転ジャンプを成功させて日本中の期待を一身に集めたのが、わずか14歳の時。日本中が彼女をチヤホヤし、しかしオリンピックに出る頃にはもう“ピークを過ぎた”と言われ、大失敗をしてわずか18歳で“引退”を考える。ご存知フィギュアスケートのトップアスリート、安藤美姫ちゃんの数奇な運命、紆余曲折。バッシングもされたはず、でもあれだけしつこく追っかけたマスコミから突然無視されてしまうほうがむしろ悲しかったかもしれない。

けれどかすかに聞こえてきた「諦めないで頑張って」というファンの声に「やっぱり私応えなきゃ」と立ち上がり、厳しい練習に耐えて世界選手権で優勝、完全復活を果たす。それでもなお19歳。それどころか、あの18歳のオリンピックで自分は大惨敗を喫しながら、金メダルを獲った荒川静香のところにすぐに駆けつけ、祝福のハグをしている。果たしてそれはものすごく“オトナ”だからできたのか?まだ全然コドモだからできたのか?

一体どっち?と一瞬わからなかったが、わずか1年後にリベンジを果たした時、あの祝福はものすごく精神的にオトナだからできたのだと知り、改めて驚いたもの。あんなに舌足らずなしゃべり方をするのに、何十歳も年上の私より、ずっとオトナじゃない?と。それもふつうの人が一生かかっても体験できないような激しい浮き沈みを“成人”する全然前に済ませた結果。とにもかくにも経験が人をオトナにするのは間違いないのだけれど、でも尋常ならぬ過酷な練習も人をオトナにするのだという生き証人。つまり、そういう紆余曲折のひとつひとつをそっくり“オトナの心”に変えたのが、やりたいこともガマンして過酷な練習で鍛えた精神なのだとすれば、すごく賦に落ちる。オトナの心って、そうやって作るものなのだって。

だから年をとることが“オトナ”になることじゃない。そんなことはずっと前からわかっていたけれど、近ごろますます年をとることがオトナになることじゃなくなっていく気がしてる。昔の女にとって、確かに“年をとること”と“オトナになること”が、ほぼ同じ意味を持った。なぜなら昔は、とっても若いうちに“嫁”に行き、瞬く間に母親になり、何人もの子供の親となる。同時に自分個人の欲望みたいなものは封印して、自分を無理に“オトナにする”しかスベがなかったのだから。自分の欲よりも、責任感とか義務感とか忍耐力とか、そういうもので心の中をいっぱいにするしかなかったのだから。それこそ“オトナになる”しか道はなく、年齢とともに見事に老成していったものなのだ。