連載 齋藤薫の美容自身stage2

多趣味な女は幸せか?

公開日:2015.04.23

人気連載「斎藤薫の美容自身 STAGE2」。 毎月第2水曜日更新。

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多趣味になるのは、自分の人生に迷いがなくなってから。でないと人生が取っ散らかる

“多趣味な女は幸せである”なんて、言うまでもないこと。趣味とは、すなわち“人生を楽しむ行為”であり、幸せでないはずはない。でもこんな人がいた。お菓子づくりにフラワーアレンジメント、お習字にフラダンスにゴスペル、そして韓国語と、1週間をほぼべったりお稽古事に費やしていて、それでもまだ足りずに次は何をするべきかを考えているという人が。ちょっと不可解に思って、もう少し突っ込んだ話を聞いた。彼女は、31歳。有名大学を卒業して上場企業に新卒入社したものの、2回ほど転職していて今はハケン。それもお稽古事が忙しくなったから、割り切れる仕事に変わったのだという。

そこまで趣味に生きるようになったのは、たぶん趣味を趣味で済ませなくなったから。世の中、趣味が趣味では済まなくなり、気がつけばそれを生業とする人も少なくない。またそれは、突き詰めていくと“女の夢”。何となく始めた趣味が、一生の仕事になっていくというのは、確かに美しい。もちろん“手に職”あってのことで、“ふつうのOL”から脱出する、それはたったひとつの道だから。就職するまでは、試験に通ることが人生のテーマになっていて、趣味を仕事にしようという発想そのものがなかったりする。それがイザ就職してみると、アレレと思う。これが私の一生の仕事?そこで初めて、自分の一生の仕事を慌てて探しはじめるという人が、多いのじゃないのか?

だから、その足がかりとしての“趣味”に一生懸命になる。でも当然のことながら、そう簡単に趣味は仕事になってくれない。始めてみたからわかる“奥の深さ”と、同じことをやっている人の多さに打ちのめされ、こりゃダメだわと我に返る。そういう意味で今、いつかは仕事にできそうな趣味の人気No.1がネイルアートなのだとか。それが少し前はヨガやピラティスのインストラクター、さらに前はお料理教室の先生の時代もあったりした。新しい職業に人気が集中するのは、とても単純にライバルが少ないから。趣味を仕事にする上では、確かにとても大切なことである。

しかし、それでも首尾よく趣味を仕事にできる人は、もちろん1割にも全然満たない。趣味と仕事の間には、思いもよらない大きな距離があるのだ。しかも、大人になってから急に自分の適性を知ろうとすると、まったく見当違いのものにも手を出しがち。その結果、多趣味になる。自分には何が向いているのか、さぐりながらだから、思いがけない方向へ趣味が広がっていったりする。つまり自分が固まっていない人にとって、趣味は立派な自分探しなのである。

でもこれもダメだった、あれもダメだったと、趣味を閉鎖していくと、人間もっと焦り、何が自分の進むべき道かがわからなくなっていく。“何をやっても中途半端な自分”がイヤになり、自信をなくし、よけい取っ散らかっていく。“自分探し”が“自分なくし”になりかねない。そういう多趣味はまったく人を幸せにはしないのだ。“器用貧乏”って言葉があるが、多趣味がもたらす苦悩や不幸せもあり、趣味って自分の軸が定まっていないうちに持ってしまうと、自分がどう生きていくかをどんどん曖昧にする。学生時代の趣味が、自分の向かうべき方向を示唆してくれたのは、自分は学生であるという軸がしっかりしていたから。自分は何者であるかが曖昧な時に趣味に逃げると、なおさら自分が曖昧になってしまう。ましてや、仕事探しに趣味を使ってしまうと、ますます自分が見えなくなる。趣味は趣味、とハッキリ区別しないと、多趣味は人の人生を混乱させかねない。大人の趣味はまず自分が生きていくベースをしっかりさせてから増やしていくべきなのだ。

でも不思議なもので、社会的地位を得たり、しっかりとキャリアを積み、自分に自信を持ちはじめると、女はなぜか踊りはじめる。あるいは歌いはじめる。社交ダンスやバレエやサルサ、オペラなどをかっちりと自分の趣味にするようになる。これぞ、本物の“趣味”って思う。

自分の揺るぎない立ち位置がしっかりと定まった時、女は体を使ってあますところなく自己表現したいと思うようになるのだ。自分の人生に迷いがなくなった時、“別の道を選べばよかった”なんていう悔いがなくなった時、自分の歩いてきた人生に大方満足ができている人が進む次の舞台、それが踊ったり歌ったりする自己表現なのだ。軸がブレないから、体が自然に自分を表現しはじめる。それが本当の意味での趣味。履歴書の趣味欄に書く“読書”などは“生きる基本”すぎるし、スポーツは体育の時間みたいなもの。趣味は本来もっと本能的なものであるて然るべきなのだ。じゃあ自分の人生に納得ができてから、多趣味になった女は幸せか?これはもちろん幸せだ。それは歳を重ねるほどに日々が充実し、幸せを増やしていく決定的なコツ。多趣味は本来、幸せの絶対条件なのだから。いつかは必ず3つ以上の趣味を!そこに行き着くためにも、生きていく足場を固めよう。早いとこ……。

多趣味な女は自分のパワーに気づいていない

趣味に一生懸命になれること、それ自体は、もちろん素晴らしい。多趣味な女は基本的に魅力的だ。趣味もひとつの生命力に他ならないから。ハッキリ言って、いくらヒマがあっても時間をボーッと過ごすことに何ら罪悪感を感じないような、エネルギーに欠ける人は趣味を頑張れない。多趣味は、ひとつのかけがえのない才能なのだ。ただその人並みはずれた才能を、人生におけるあまり良くないタイミングに“多趣味”という形で使ってしまうのはとてももった いないこと。

いや一番もったいないのは、多趣味な女自身が“自分がそんなにエネルギッシュだって気づいていないこと”。力をひとつのものに結集したことがないから気づかないのだ。多趣味は言うまでもなく人生を楽しむ決定的な要素になる一方で、力をムダに分散させる。ましてや人は焦ると、色んなモノやコトに手をつけて収拾がつかなくなる。だからこその多趣味は、やっぱりもったいない。もちろん自分が何をして生きていくか、その方向性がしっかり決まっていれば、この限りでないし、専業主婦の多趣味は何ら問題ないと思う。でもせっかくそれだけのエネルギーがあるならば、それを何かひとつのことにかけてみたら、ものすごいことができるのじゃないか、とも思うのである。だから一度やってみてほしい。ひとつに集中して何かを最後までまとめあげること。

Edited by 齋藤 薫

公開日:2015.04.23

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