1. 美人と美女、どちらになりたいか?

斎藤薫の美容自身2

2015.04.23

美人と美女、どちらになりたいか?

人気連載「斎藤薫の美容自身 STAGE2」。 毎月第2水曜日更新。

美人と美女、どちらになりたいか?

美人であるだけで幸せにはなれない。美貌は大きく育ててこそ生きるエネルギーに変わる。

“美人も“美女”も同じじゃない?どっちでもいいじゃないと言うかもしれない。でもそこにある微妙なニュアンスの違いに目を向けることで、キレイになることの意味をもう一度見つめ直してもいい時代。フランス語には、女性の魅力を表現する言葉がとりわけ多いというが、日本語には“美人”を表現する言葉が、じつはけっこうたくさんある。

美人、美女はもちろん、麗人、佳人、美貌、名花、妖女、器量よし、はきだめに鶴、べっぴん、瓜実顔、傾国(君主がその美しさの虜になって国政をないがしろにするほどの絶世の美女のこと)、小股が切れ上がった女、才色兼備、卵に目鼻、水が滴るよう、明眸皓歯、容姿端麗、そして大和撫子……。まだまだありそうだが、これらはみんな“美しい女”“美しい容姿”という意味を持つ言葉。なんだか口にするだけで美しくなれそうだが、なぜこんなにたくさんあるかと言うなら、たぶん日本人は「あの人って美人!」とひとことでストレートに言い放ってしまうことが、情趣に欠けると思うからなのだ。

美しさには形だけではない、“趣”や気配みたいなものも含まれる。日本人が考える美人は、そういうものもひっくるめての美しさを指すからこそ、たくさんの言葉で表現された。ひとりひとりがニュアンスの異なる美しさを持っていることを理想とした、とても知的な美意識がベースにあったのだ。だから私たち日本人は日本人らしく、何でもかんでも“美人になりたい”じゃなく、自分はどういう種類の美しさを確立させたいのか、そこを一歩踏み込んで考えてみるべきと、そう思ったのだ。

だからあなたは美人か美女か……辞書を引くとそれこそ同じ意味だが、たったひとつ異なる点は、“美人”ってもともとは男性にも使われた言葉、美女は“美男美女”とも言うように、女性にしか使われない言葉であることだろう。そこから読み取れるのは、自分は美しいという自覚がなくても、なれるのが美人であり、充分に美しいことを知ったうえで、さらに美しさを重ねていくのが美女。“絶世の美女”“傾国の美女”……いずれも、美人より“美女”のほうがハマる。どちらもこの上ない、この世にふたりといないような美しさを示す言葉だからこそ、“美女”なのだ。美人は、まだ完全には研ぎ澄まされていない美しさ。そして女としての飾り付けが済んでいない美しさ。もちろんそのほうが清々しくて趣があるという見方もあるのだろうが、“美女”は必ず女っぽくてラグジュアリー、香水の香りも芳しく、ジュエリーもちゃんとついているのに対し、“美人”は、素顔でも美人。雰囲気美人も黒髪美人も声美人も存在するけれど、美女は美女、そういう妥協点はない。でも逆に言うなら、完璧な美形でなくても演出次第で、磨き方次第で美女はできあがる。“美女”は育むもの、なのだ。