1. 女の「春夏秋冬」分類法

斎藤薫の美容自身2

2015.04.23

女の「春夏秋冬」分類法

人気連載「斎藤薫の美容自身 STAGE2」。 毎月第2水曜日更新。

女の「春夏秋冬」分類法

四季折々の絶景を愛でるように女を愛でる、それが男の夢。だから女は自分の季節を生きよ。

マキアージュのミューズは4人、コフレドールは5人。たった一人の違いだけれど、意味するものはだいぶ違う。人の数も5人を超えるとむしろ“十人十色”、すべての女性にそれぞれの美しさがある、という提唱になるが、なぜだかタイプ別に分類すると女はいつも4種類になってしまう。そもそもが血液型も4種類であるように、おそらく人間をいちばん簡潔に、しかもいちばん正確に棲み分ける最大公約数が“4種類”であるということなのだろう。“セックス・アンド・ザ・シティ”の女も4人、“デスパレートな妻たち”も4人、良くも悪くも、女の生き方は4種類。女の業も4種類って話になるが、古くは『若草物語』や『細雪』が、性格も価値観も生き方も異なる四姉妹を描いていたし、確か『阿修羅のごとく』もそれぞれに深い苦悩を持つ四姉妹が登場した。だけれども、世の中に四姉妹なんてそんなにたくさんいるのか。現実にはほとんど見かけないし、少子化の世の中、ますます希少価値は高まっていく。かろうじてたった1組、四姉妹の知り合いがいるが、4人は確かにまったくタイプが異なり、お互いわりに反発し合って、あまり仲が良くなかったりしてしまう。

モノには四隅があるように、方角も東西南北あるように、さらには季節も春夏秋冬あるように、女も4タイプあるのは間違いなさそう。実際、五木寛之氏の『四季』は、春夏秋冬で四姉妹を4タイプに分類した。女は景色のような美しさを持っているべき、そう言われる。ナマナマしいべったりした女の美貌より、五感のすべてに訴えかけ、ただ相手が見とれて立ちつくすような美しさを持つべきと。おそらくそれは男たちの願望なのだろう。四季折々の絶景を愛でるように女を愛でる、それは男の夢。だから男はどうしても“四季”で女を分類したいのだ。現実に、男たちが思う“理想の女性像”は、ざっくり4方向に分かれていて、それが見事なまでに春夏秋冬に当てはまるという話なのである。ただ女が背負う季節は、単に与える印象だけじゃない。生き方にも人生にも大きく影響してくるはずである。しかも四季だってキレイごとばかりでは語れない。吹雪もあれば酷暑もある。

春の女は、伊東美咲みたいにまず笑顔が浮かんでくる清潔感ある人。だから、誰にでも愛されて、ともかくは幸せになれるのだろうが、一方、人生全編“我が世の春”とばかりに能天気に生きてしまう春子は、うっかりすると足もとをすくわれかねない。極端な例をあげれば、ゼータク三昧で人生を謳歌しすぎて、民衆につきあげをくらったマリー・アントワネットみたいに。春子って、素直で前向きすぎて、まわりが見えていなかったり、少しだけ人の痛みがわからなかったりしてしまう。そこに気をつけて生きるべき。

夏の女は強い役をやる時のアンジェリーナ・ジョリーみたいに、男をも引っぱっていくようなパワーを持ちながら、ある種の魔性を持っているから、男を惑わし振り回す。じつにカッコいいけど、夏の恋がひと夏で終わる非日常性を孕んでいたりするように、人生もどこか危なっかしい。言うなればカルメンみたいに。だから夏子はともかく地に足をつけて歩きたい。