連載 齋藤薫の美容自身stage2

令嬢はなぜ美人に見えるのか パリス・ヒルトンが結果、許される理由

公開日:2015.04.23

人気連載「斎藤薫の美容自身 STAGE2」。 毎月第2水曜日更新。

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美貌の量は、目に見えている美貌だけでは測れない。形のない、目に見えないいくつかの要素が加算されて、美貌の点数を作っているからである。たとえば「彼女はピアニストの卵らしいよ」という注釈がつくと、何となくだがプラス20点。「彼女は下からずっと“白百合”らしい」と聞くとプラス10点。不思議だけれど“京都出身”というだけで8点くらいはプラスになる。男の背景は、東大出50点加算、みたいに単なるブランド志向にすぎないが、女のバックボーンは、もっと深い意味をもつ。その女性を作ってきた環境それ自体が“気配の美しさ”になるからだ。

大切に育てられたかどうか、美しいものばかり見て育ったかどうか、上質のものばかりに囲まれて育ったかどうか、何かに毒されていないかどうか、そこが形なき美貌として加算され、ひとりの女性を作りあげているのである。どんな空気を吸って、大きくなってきたか、その“作られ方”が女には一生ついてまわるのだ。言ってはナンだけれど、パリス・ヒルトンがもしも“ヒルトン一族”の出でなかったら、こんなに長く世の中を騒がせてないし、そもそもああいうお行儀を、世間は許していない。やっぱり蝶よ花よとお金をかけて育てられたことで60点ほど加算されていて、だから世間はこの人に甘いのだ。

逆を言えば、せっかく60点も加算の人生を生きながら、台無しになるほどのやんちゃをしてしまうそのギャップを世界は面白がっているわけで、60点分をじつは上手に利用できないあたりが、かえって好感度につながるのかもしれないが。いずれにしても、「彼女はすっごいお嬢さま」という噂は、明らかに美貌の点数を増やす。でもそういうアドバンテージをこれ見よがしに鼻にひっかけて歩けば、逆に袋だたきに遭う世の中。“令嬢”が美しいのは、その人が作られてきたプロセスにおいて汚されていない、清らかで無垢、その“浄化感”が後光となってさすからで、ピアニストも神聖な音の中で育ち、名門女子校出身も汚れ無き規律の中で育ち、京都出身も混じり気のない日本的美徳の中で育ったというイメージがあるからこそ、美しさが増えて見えるのだ。女性美を語るうえで、清らかな毒されていないイメージがいかに大切かを物語る。

美しいものしか見てこなかった、それが美人を作るのなら、今、美術館に行ったり、美しい景色をわざわざ見に行ったりする意味もそこにある。絹のおくるみで育った赤ちゃんや、銀のスプーンをくわえた赤ちゃんは美人になるという言い伝え通り、自分自身が目で見てきたもの、肌で触れてきた上質のものが、美人の血となり肉となる。だから散らかった部屋に住まないことも含めて、美しいものを見続けることが、そのまんま美容。別に金持ちに生まれなくたっていい。目にするもの触れるもので自分を浄化できれば、それだけで。

「美しいものしか見てこなかった……それが美人の血となり肉となる」

Edited by 齋藤 薫

公開日:2015.04.23

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