連載 齋藤薫の美容自身stage2

ひとりひとりの適齢期 今なぜ、”晩婚年齢”に花嫁姿が似合うのか

公開日:2015.04.23

人気連載「斎藤薫の美容自身 STAGE2」。 毎月第2水曜日更新。

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最近は、“晩婚”という言葉があまり使われなくなってきた。ほんの数年前まで40代の結婚は紛れもなく“晩婚”だったが、今はもう誰もそう言わない。まさに年々、晩婚は晩婚でなくなってきているのだ。それも、真矢みきの結婚があまりにも美しかったり、夏木マリがきわめてオシャレな“フランス婚”をやってのけたり、“晩婚”などという表現が似つかわしくない大人結婚が相次いだからなのだろう。むしろ遅い方がカッコイイ、遅いほど女が輝いて見える、よって憧れの対象となった大人の結婚へのリスペクトなのだろう。

でももうひとつ、晩婚を晩婚と呼べない決定的な理由は、40代後半でも50代でも花嫁姿になってしまう、そして似合ってしまう花嫁が増えたから。昔は少しでも遅くなると当然のように結婚式をやらなかった。花嫁姿がイタイからと。つまり、せめてウェディングドレスが似合ううちにという発想が結婚を急がせたのだ。ところが今は、気がつけば何歳になろうと花嫁姿になってしまう大人が増え、結果、晩婚は晩婚ではなくなったのだ。

ここであらためて思うのは、形は意識も基準も常識も変えてしまうのだという事実。だって、ウェディングドレスが似合えば、60歳だって“適齢期の結婚”に見える。早くも遅くもない、まさに適齢期の花嫁に見えるのだ。花嫁姿になることが新しい生命力を持ち込むことになるようで、似合えばその人がいくつであっても“花嫁年齢”に見えるのだ。“トウがたつ”という言葉があるように、昔は花嫁姿は年齢を残酷なまでに浮き彫りにしたのに、今は女たちの存在感の方が花嫁姿より勝っているからなのだろう。少なくとも川島なお美は48歳で花嫁姿になった時、何か女としてのピークを呼びこんだように見えた。花嫁姿にひるむことなく、花嫁になると、人が花嫁姿のエキスだけを吸い取って、若さのエネルギーに変えられるのだろう。だから結婚式は、今やもうひとつの“若返り”の手段なのである。

従って“適齢期”なんてものはもう、この世には存在しない。少なくとも、適齢期は年齢ではなくなった。その人それぞれの人生におけるタイミング。だからあらためて女として内面的な成長がピークに達した時に結婚すると、真矢みきとか寺島しのぶとか、宮沢りえのように、女としての評価を大いに高め、運命を見事に好転させることになるから、それこそを女にとっての適齢期と定義づけたいのだ。まだまだ未熟な時に結婚してしまうと、女はもっとバランスの悪い女になり、ムダにキズつくことも多くなる。だから本当は精神的に成長しきった時、花嫁になるのが正しい。その時に、トウがただず、花嫁姿も似合ってしまう若さと美しさを見た目にも備えていれば理想的。本当は、かつての晩婚年齢こそ、女にとって普遍的な適齢期なのかもしれないのだから。

「女としての成長がピークの時に結婚すると、運命は見事に好転。だから遅くていい。」

Edited by 齋藤 薫

公開日:2015.04.23

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