
人気連載「斎藤薫の美容自身 STAGE2」。 毎月第2水曜日更新。
ほとんどの人の人生は、”成りゆき”でできている
“ピアニスト” という肩書きをもつ女性が、30歳で“転職”を決めた。“引退” というのとはちょっと違う。ピアニストとして生きるのは、どうにも“おさまり”が悪く、自分の人生を生きている実感がないと、音楽関連とはいえ一般企業に就職し、OLへと転身するのだ。確かに、演奏家1本で食べていける人はほんの一握りと言われる厳しい世界だから、そういう辛さもあったと言うが、それ以上に辛かったのは、なんとピアニストとしてステージで演奏することだったという。人前で演奏することが苦痛で苦痛で仕方がなかったというのだ。
そんなことってあるの?と思うだろう。じゃあなぜわざわざ苦労してピアニストになったの?と。いや、なまじ才能があったから、演奏家になるのは当然という生活を送ってきてしまった。親も先生も”将来”を期待し、”自らの生き方”などを問う年齢でもないから、なんとなくピアノ漬けになってきた。だからある時突然のように気づいたのだろう。人前での演奏はやりたくない、それも単なる緊張からではなく、心からイヤなのだと。気がついたら自分と最も相性の悪い人生のレールの上を歩いていた……。そういうことって現実にあるのだ。
ハッキリ言って、多くの人の人生は、”成りゆき”に動かされている。偶然たどりついた職業についているという人も少なくないはず。もちろん強い”確信” のもとで夢を叶えた人もいて、そういう人は早いうちに”神の啓示”のようなひらめきがあって、今の自分に成るべくして成っているが、そういうひらめきがなかった人は、学校の成績や受かった学校によってなんとなく”進路” が決められ、就職試験で受かった会社で、配属された部署の仕事が自分の仕事になり、気づいたら今の人生になっていたはずなのだ。もちろんそれが人生というものなのだけれど。
『スライディング・ドア』という映画がある。着想がとてつもな く面白い映画で、グウィネス・パルトロウ扮する女性が、会社をクビになった日、1本の電車にギリギリ乗れたか乗れなかったかで、その後の運命がどう変わるのか。2つの人生を交互に見せていくというもの。電車に乗れてしまったほうの運命は、家に帰ると同棲中の男が浮気している現場に出くわすことになる。知らなきゃ知らないで済んだのに……。そんなふうに、電車に乗れたか乗れないかで人生は劇的に変わるのだ。そう考えてみると、人の人生はほんの些細なことの一瞬の選択で、大きく変わっていく。入試の1問の答えが合否を分け運命が変わるように。
たとえば以前別れた男ともし別れていなかったら、どういう人生になっていただろうと考えることは、あなたにもたぶんあるはずで、その時、今の自分が申し分なく幸せだったらわずかな後悔もないけれど、今の生活に何らかの不満なり不安がある時は、過去の選択を少なからず後悔したりもするのだろう。でも時にはそうやって過去の選択を振り返ることが大事。
人生に”たら、れば” はないとはよく言われること。でも、何かの決断をする時、もし今、別の選択をしたら……というシ ミュレーションのもとに、自分が選んだ道をきちんと分析してほしいのだ。どうしてこの道を選んだか。人生は、小さな判断、些細な選択の集合でできていくのだから。それをたった”ひとこと” で言ってしまうと、まさしく「成りゆき」となるけれど、私たちもじつは1日何回も、時には何十回もいろんな選択をしていて、その選択の積み重ねで運命が切り開かれたり、歪んだり、後戻りしたりしながら、ひとつの人生が形づくられるのだ。だからこそ、私たちはすべての瞬間をもっともっと丁寧に生きなければいけないのである。 私たちもじつは1日何回も、時には何十回もいろんな選択をしていて、その選択の積み重ねで運命が切り開かれたり、歪んだり、後戻りしたりしながら、ひとつの人生が形づくられるのだ。だからこそ、私たちはすべての瞬間をもっともっと丁寧に生きなければいけないのである。
すべての瞬間の判断をもっと丁寧に、集中力をもって決めたい
たぶんそういうふうに、一瞬一瞬の判断をもっと大切にすると、それだけで生き方が変わる。今まで何気なく、というよりぼんやりと、なんの覚悟もなくやり過ごしてきたいろんなことのひとつひとつを、その場その場で集中力を持ってきちんと考えながら前に進む……。会社を休むのも、上司に文句言うのも、つれない彼に連絡をとるのも……すべてのことを自信を持って決断すれば驚くほどに生き方が濃厚になってくるはずなのだ。
そしてもし、自分の生きている人生がどうしてもしっくりこないという時には、ちょと振り返ってみてほしい。自分はいつどこで間違ってしまったのだろうと。もちろん、後戻りはできないし、後悔しても始まらない。でも自分が本来生きるべきじゃない人生を生きてしまったとしたら、何がどう違うのかを読み直すことはできるはず。そうすれば、進むべきだった道も相性のいい生き方も、あらためて見えてくる。
人間は、ひとたび人生が始まってしまうと、途中で方向転換や軌道修正しようとはしない。たとえ今、歩いている道が自分に合っていないと気づいていても、何をどう修正していいか分からずに、えーい、もうそのまま行っちゃえ、という乱暴な生き方になってしまいがち。でももしどこで判断を間違えたのかを、さかのぼることができれば、何らかの対策は打てるはず。
その時、さて自分は何をしている時がいちばん心地よく生きられるのか、いちばん生き生きできるのか。いちばん輝けるのは何をしている自分なのか?丁寧に探ってほしい。それを知ることが人生にはとてつもなく大切。自分と相性のいい人生を生きること、それ以上に大切なことはないくらい。そういう人生を見つけた人は死ぬまで穏やかな顔をしていられるが、相性の悪い人生は、毎日逃げたくなる瞬間があるから顔がきつくなる。
件のピアニストは、自己主張より、組織の中で目立たなくても地道にまじめに仕事をこなしているほうが心地よかったと、かつてアルバイトしていた企業に戻る形になった。主役より裏方のほうが自分に向いているからと。ちなみに彼女は高校進学の時、親を喜ばせたいから音楽の道に進もうと決めたのを思い出したという。もちろん演奏家もやってみなければ自分にどう合わないか分からなかった。あの時、普通科の高校に行く選択肢はなかったことにもあらためて気づいて、だからピアニストのキャリアも決してムダにはならなかったと同時に確信したという。だから後悔もない。戻って考えてみたから分かったこと……。
そういうふうに、30歳を過ぎたら、今までの人生をどうしてそうなったのか、分解して解析してみてほしい。無駄があったとしても、それは必要な無駄だったのだと知れば、その人生は一気に充実したものになる。無意味なことなど何もない。すべてのことに意味はあるのだ。でもあくまでその意味をいちいち探ってから、前に進むべきなのである。正しい人生のため。
あなたも、さかのぼってほしい。今の自分をつくった瞬間の決断を。今の自分の人生が正しいかどうかを教えてくれるから
30歳を過ぎたら、今までの人生を振り返って、どうしてそうなったのか分解して解析してみる。今の生き方が正しいかどうか分かるから
Edited by 齋藤 薫
公開日:2015.04.23