1. 一生に一度の大恋愛を失ったとき。〜ケイト・モスの大失恋〜

2016.04.30

一生に一度の大恋愛を失ったとき。〜ケイト・モスの大失恋〜

別れてからも人々に語り継がれる伝説のカップルというものが、ハリウッドには何組か居る。’94年から’98年まで恋人同士だったケイト・モスとジョニー・デップもそのひと組。情熱的な恋愛過ぎて、交際中は激しいケンカを繰り返しホテルの部屋を壊したこともあるほど。しかし強烈なカリスマ性を持つ者同士、いつしかお互いの個性がぶつかり合うようになり、婚約までしていたふたりの関係は破局を迎えてしまう。 最愛の人、ジョニーを失ってからのケイトはランウェイにも立てなくなるような精神状態。ドラッグに溺れ、長期間のリハビリが必要なほど心身共に傷ついてしまった。そんな運命の恋を失ったときのことを振り返って、ケイトが語ったのがこの言葉。

一生に一度の大恋愛を失ったとき。〜ケイト・モスの大失恋〜

私の面倒を見られるようなひとなんて、誰も居なかった。ジョニーだけがそういう存在だったの。私は彼が言うことなら信じられた。たとえば私が「私はどうすればいいの?」って言えば、彼は答えを教えてくれたわ。私が彼と別れて失ったものはそれね。私は信じられる誰かの庇護を、本当になくしてしまったの。それって悪夢だわ。何年も何年も泣き続けたんですもの。ああ、あの涙たち!

There's nobody that's ever really been able to take care of me. Johnny did for a bit. I believed what he said. Like if I said, 'What do I do?,' he'd tell me. And that's what I missed when I left. I really lost that gauge of somebody I could trust. Nightmare. Years and years of crying. Oh, the tears!

ケイト・モスって、むやみに私生活を語るようなセレブではない。それなのに、何故かハリウッドでは暗黙の了解のようになっていることがある。それは、「ジョニデの存在って、ケイトにとってすご〜く特別だった」ってこと。

もちろんケイトは、ジョニデ後もいろんな恋を経験している。カリスマ編集者との間に子供を産んでシングルマザーになったし、年下のドラッグ中毒のロッカー、ピート・ドハティとの大恋愛だって経験した。去年には別のロッカーの恋人と結婚して、それなりに幸せそうだ。

でも。その笑顔は、ジョニデの横で無邪気に笑い転げていたときの、あのときのケイトのものとは明らかに違うのだ。自分の一部を、どこかに置いてきてしまったような。そんな寂しげで心もとない表情が、いつもケイトにはつきまとう。

その理由を表しているのが、上の言葉。

人は遠い昔に引き離されてしまった自分の半身を探し求めるために、異性と恋に落ちると言う。自分とぴったりと重なり合う半身(つまり異性)と出会えたとき、懐かしい気がするのは、そのせいだ。

ケイトにとってのそれは、ジョニデだった。だからケイトがジョニデを失ったとき、彼女が失ったものは、恋だけではない。彼女はやっとみつけた自分の半身を、永久に失ってしまったのだ。そしてケイトはジョニデと別れた24歳のときすでにわかっていたのだろう、「これは私にとって最初で最後の大恋愛になるような相手だ」、と。

それは文字通り、「悪夢」と表現するのに相応しい経験に違いない。生まれて初めて、親よりも信頼できて、無防備に自分のすべてを預けられるような誰かに出会えたのに、その誰かと別れなければならないこと——。

それでも人は、生きて行かなくちゃならない。

時には「なぜこんな辛い想いをするために出会ったのだろう」と思うこともあるだろう。だけど人生で自分の半身だと思えるような相手と恋に落ちるなんて経験は、したくったって、そうそう出来るものではない。だから一生に一度と思える恋を失くして悲嘆に暮れているときは、そこまで人を深く愛せた自分を、誇りに思えばいい。悲しみや嫉妬、苦しみ。——人を愛したからこそ味わう、一見ネガティブな感情だって、知らないより知っている方が人間としてずっと魅力的だってことだってあるのだ。

photgraph:AFLO