連載 齋藤薫の美容自身stage2

あなたは生き甲斐のある女か?それとも生き甲斐が見つからない女か?

公開日:2015.04.23

人気連載「斎藤薫の美容自身 STAGE2」。 毎月第2水曜日更新。

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「彼女は一体、何を生き甲斐に生きているんだろうね」たまにそういうふうに噂される人がいる。まったく余計なお世話だが、いかにも“生き甲斐がなさそうな女”に見えてしまうって忌々しきこと。残念ながらそれは “魅力に乏しい淋しそうな女”に等しいからだ。

そこであらためて聞きたい。あなたの“生き甲斐”って何?月2回のダンスのお稽古、年1回は海外に行くこと、子供が生き甲斐という人、キレイになることこそ生き甲斐という人もいる。考えてみると、“生き甲斐”ほど個人差があるものもなく、次元もスケールもひとりひとり激しく違う。「帰宅してお風呂あがりに飲む一杯のビール」みたいに、妙に日常的なものをあげる人だっているから。それだけに多くの人が“自分の生き甲斐”を口にした途端、何だか無性に虚しくなるという。そんなことが私の生き甲斐なの?って。

ただ“生き甲斐”というものは無味乾燥な日々を送っている人や、自分の生き方に違和感を感じている人がそこから抜け出すための乗り物みたいなもの。日々に満足していないことの裏返しでもある。人間年をとると「私の生き甲斐はね」と語り出すのは、人生への焦りや不安があるからなのだ。生き甲斐があれば、日々の不満が帳消しになると思うから。“生き甲斐”と名付けたものが、健全な人生に引っ張りあげてくれるのは間違いないのだ。口にした途端にそれが日々を前に進めるアクセルになっていくから。だから生き甲斐を決めよう。ないなら作るべきだ。

虚しいか否かの分かれ道は、その“生き甲斐”に誰か人が関わっているかどうか? 誰かに必要とされている証かどうか?子供が生き甲斐という答えは重いし、何か体温を感じるが、「毎週ドラマを見ること」に温もりがないのは、些細な生き甲斐だからじゃない。人が介在しないからなのだ。女はできるだけ人が関わる生き甲斐をもつべき。

それがないと女は必ず淋しく見える。「仕事が生き甲斐」と言い切ることが意外に難しいのは、仕事しかないなんて淋しい女ね、と言われかねないし、男を寄せつけない壁にも見えそうだからだが、一日の大半を費やす仕事に、生きる喜びを見出せるってじつは幸せなことだし、ましてや仕事には人が関わる。自分が必要とされていると感じるからこそ、仕事が生き甲斐となったはずなのだ。

こんな人がいた。「明日が生き甲斐」と言う人が。うまい考え方だなと思った。たぶん仕事にも日々の生活にも“生き甲斐”は感じられないけれど、明日になら興味がもてる。明日を楽しみにできる前向きさはもっている。それだけで、キラキラ充実した日々を生きているように見えるのだろう。ましてやそれは、自分の未来に夢を馳せることで、自分に用意された運命を好転させていく才能とも言えるから、いちばん幸せなこと。「明日が生き甲斐」「明日を迎えることが生き甲斐」、ちょっとそう思ってみてほしい。何だかすべてが嬉しくなるから。明日、誰かと出会うかもしれないから、生き甲斐にできる……明日には必ず人が関わってくるからワクワクできる。“生き甲斐”はそうあるべき。人生の不満から抜け出すための心のツールに使うべきなのだ。人と関わる生き甲斐を。

誰か人が介在すつ”生き甲斐”をもたないと、女は必ず淋しく見える

Edited by 齋藤 薫

公開日:2015.04.23

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