連載 齋藤薫の美容自身stage2

歳を重ねても重ねても、素敵になれない人のなぜ?

公開日:2015.04.23

人気連載「斎藤薫の美容自身 STAGE2」。 毎月第2水曜日更新。

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今、“歳をとらないこと”は、むしろ簡単だ。シワひとつない顔を60代70代まで保っていくことが、実際に不可能ではない時代になってしまった。けれども、シワがないこととキレイであることとは別。ましてや女として素敵であることとはまったく別。おそらくこのまま美容医療が進化していけば、ものすごく若いのに、ものすごく“変な人”が急増していくことになるだろう。

もちろん、80年代90年代の美容整形はひきつったジョーカー顔や、唇が厚すぎるダック顔をいっぱい輩出してしまったと言われ、“若さ”のために“美しさ”を犠牲にした人がたくさんいたけれど、これからの時代、“若さ”のために“素敵”を失うという新しい問題が生まれそうなのだ。

みんな忘れているけれど、「素敵!」ってじつは最高の褒め言葉であり、「キレイ!」よりも上級の魅力。年齢にまったく関係なく、20歳だろうが60歳だろうが、“イチバンの女”になれる魅力。そもそも素敵な人は基本的に“年齢不詳”。シワがあっても若い女に勝てるから“がむしゃら”にはならないし、優しくなれる。だから素敵は最強なのだ。じゃあ素敵のモトとは何か?

これはもうズバリ“センス”である。100%センスのなせる技。たとえば、夏木マリさんが年齢を重ねるほどに“素敵”になっていくのは、センスの塊だから。アンジェリーナ・ジョリーがとりあえず“素敵”の世界No.1であり続けるのも、センスの権化のようだから。水原希子が21歳にして30代の女より40代の女より、ある種の味わい深さや奥ゆきを備えていて“素敵”に見えるのも、やっぱり持って生まれたセンスが並外れているからなのだ。もっと言えば、さほど美人じゃないのに美人に見えてしまう人は、ひとえにセンスでそう見せている人。とすれば、センスは美貌にも勝ってしまう。歳をとってキタナくならないのも、また外科的若返りをやって“妙なカンジ”にならないのも、すべてはセンス。センスがないと若返りはアダになるのだ。だから、老化が始まる前に、センスは何としても手に入れておかなければ。

もちろん、センスは本来“生まれつきのもの”とされるが、でも近ごろの小中学生が驚くほどオシャレで、信じられないほどヒップホップを上手に踊ったりするのも、環境や経験がセンスを育てていく動かぬ証。センスは後からでも補える。ちゃんと育つのである。であるなら、趣味のいい、洗練されたものを見まくり、身につけまくり、塗りまくる。そうしているうちにいつの間にか身についていくはずで、だから今からでも全然遅くない。そしてもっと大切なことは、センスって見た目の洗練をつくるだけじゃない。大人の女の理性や知性やバランス感覚をつくるのも、すべてはセンス。歳を重ねていく上で、人間的センスがなければ、どんなに若くキレイでも、その若さがウソに見え、安っぽくも見え、価値あるものに見えない。大人の女に人間のセンスが育っていないと、たぶん歳だけとっていくことになり、キレイすら空しい。大人はセンスがないと、どうにもならないのだ。何を置いてもセンスと言い切りたいと思う。だからそれまで洗練されたものを見まくり、センスのいい人と関わりまくる。それがテーマ。  

人間的センスが育っていないと、若さもキレイも安く見え、ムダになる。大人はセンスがないと、話にならない。

Edited by 齋藤 薫

公開日:2015.04.23

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