1. 女はやっぱり顔なのか?

斎藤薫の美容自身2

2015.04.23

女はやっぱり顔なのか?

人気連載「斎藤薫の美容自身 STAGE2」。 毎月第2水曜日更新。

女はやっぱり顔なのか?

オリンピックみたいなものがあると、いつも浮き彫りになるのが、なぜだか“女はやっぱり顔なのか?”という大命題。“ニューヒロイン”として大騒ぎされたのが、競泳の鈴木聡美選手であることは、世の中やっぱり美人が好きなんだね、という印象を残していったし、もっと長いスパンで見れば、 “スポーツキャスター”として残っていくのも、やっぱり美人アスリートとして注目を浴びた人たち。その顔ぶれを見ると、メダルの色も表彰台に乗れたかどうかも関係ない。やっぱり美人が優先的にその席に座っている。逆に芸能界からは見えてこないのに、本来、顔とはいちばん関係がないはずのスポーツの世界で“やっぱり顔”という現実を見せつけられると、あらためて女はキレイじゃなければと思い知ったりするのである。

でもスポーツの世界は、もうひとつ重要なことを教えてくれた。“女はやっぱり顔”なのに、その大原則をも越えてしまう魅力もちゃんと存在すること。それは今まで言われてきたような“内面の美しさが大事”なんていう、建前論ではないのだ。ズバ抜けた魅力は、顔の美しさなど、取るに足らないものにしてしまうことも見せつけてくれたのだ。顔の美しさを上回るパワーは、“才能×人格”プラスアルファで生まれる。でも、そのプラスアルファって何かと言うなら、じつはやっぱりここでも“顔”。“いい顔”をもっているということだと思うのだ。美形かどうかとは別に、人の顔にはもうひとつ、重大な基準がある。“いい顔”かどうか?何をもって良し悪しを決めるのか。それはちょっと言葉では説明しにくいのだけれども、人間の顔には、誰もが生理的な好き嫌いを感じている。100枚の絵があったら、上手い下手ではなく、みんなが好きになる絵ってだいたい決まってくるもの。“何となく好き”という絵が。人の顔も同じなのだ。というより人の顔も一枚の絵だと考えてみればいい。

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