連載 齋藤薫の美容自身stage2

本当の友だちと仮の友だち。そして嘘の友だち。

公開日:2015.04.23

人気連載「斎藤薫の美容自身 STAGE2」。 毎月第2水曜日更新。

人気連載「斎藤薫の美容自身 STAGE2」。 毎月第2水曜日更新。

友だちは友だち。分類などいらないと言うのだろう。でも何かの拍子に気づくかもしれない。ほとんどの友だちは、“仮の友だち”だったことに。学校の“友だち”の8割は、卒業すればただの“知人”になり、同じ会社の“友だち”も、職場が変われば9割がたはただの“元同僚”となる。逆を言えば、卒業や転職で、友だちが“濾過”されていくのが人生における人間関係なのだ。でも席を同じくしている時は、“仮”なのか“本当”なのかが見えにくい。同じ悩みをもつだけで、最大の理解者に思えるから。つまり、“本当の友だち”は、同じ悩みをもたなくなった時、一緒にランチをとる必然性がなくなった時に、見えてくる。

でも、同じ悩み以上に人を強烈に引きつけるのが、人の悪口であり、不平不満。ある種の共犯関係のような抜き差しならない結びつきを生むから、“友だち”とより錯覚しやすいのだ。また良心より“悪心”の方が基本的にパワーが強く、ひとり邪悪な心の持ち主がいると、催眠術のようにそれがうつっていく。しかしそういう結びつきの場合、昨日の味方は今日の敵。友情と間違えやすい“悪い共鳴”は、ひとたびバランスをくずせば、敵対心や嫌悪感を生みかねないから、“仮”どころか、“嘘の友だち”関係と呼ばなければならなくなる。

反対に、“本当の友だち”は何が起きてもネガティブな感情は一切生まない……そう言いたいところだけれども、親しければ親しい分だけ、深いところでいろんな感情を生むのも“本当の友だち”。たとえばだけれど、その友だちにそれこそ“人も羨むような幸せ”が訪れた時、心から祝福してあげられるかどうか、じつはそこに大きな分かれ道があるのだ。もちろん、幸せになることを喜んであげられる関係こそを“親友同士”と呼ぶのは、何とも美しい定義だが、“仮の友だち”や“嘘の友だち”には感じない嫉妬を、“本当の友だち”だからこそ感じてしまうのもまた事実。

単純に、親友が“自分よりも大きな幸せ”を掴んだ時、“友人関係”そのものより、あなた自身の人間性が問われてる。つまり、その相手が“本当の友だち”であるかどうかの問題じゃない。あなた自身が親友にすら嫉妬を感じてしまう性分かどうかを突きつけてくるのだ。実際、そういう場面に向き合わないと、自分がどういう反応を示すのかわからない。結婚を告白された時、青ざめて黙ってしまったり、“本当の友だち”は、そういう“自分には見えない自分”を見せてくれるのだ。

でもでも、身近にいるからこそ、一生付き合っていくからこそ、親友が自分よりも幸せになることに複雑な想いをもってしまっても仕方がないとも思う。“悔しい”とか、“恨めしい”とか“なぜ彼女ばかり?!”と思ったとしても無理はないと思う。それでも、ずっと付き合ってしまう友だちこそが“本物”なのじゃないか。つまり嫉妬を感じたから“本当の友だち”じゃない、とは言えない。むしろ嫉妬を感じてもなお、関わっていたいのと思うのが、“本当の友だち”なのである。“本当の友だち”だけが、自分の本質を見せてくれることも含めて。自分より何倍も幸せになった友だちと、結局ずっと付き合っていくあなたは、愛すべき女。いくら幸せを妬んでいても……。

自分より幸せになろうとしている”親友”に嫉妬したとしてもなお、関わっていきたいと思うのが”本当の友だち”

Edited by 齋藤 薫

公開日:2015.04.23

Serial Stories

連載・シリーズ