連載 齋藤薫の美容自身stage2

あなたは自分の容姿を正しく評価しているのか?!

公開日:2015.04.23

人気連載「斎藤薫の美容自身 STAGE2」。 毎月第2水曜日更新。

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自己評価と周囲の評価がズレる人は、人生うまくいかない

駐日大使となったキャロライン・ケネディ氏が、美容上の新しい評価を集めている。シワを隠さないってカッコイイ、いっそ美しい……という。55歳の大使がシワだらけにならない方法はいくらでもあるのに、おそらく何もしていない。“何もしないこと”がベストなわけじゃないが、確かに大使はそれでも美しい。なぜだろうと考えた。内から発光するような輝きと持ち前の清潔感が、シワをもプラスに見せるから。そして何より、55歳という自分のありのままの容姿に満足しているから。諦めではなく、ちゃんと満足していると、とても自然に穏やかさや幸福感が生まれて、それがシワさえも何だか美しく見せるのだ。 

ただし、何でも満足してしまう女や、自己満足な女も、絶対に輝けない。それ以上キレイになれない。女はそこが難しいのだ。劇的にキレイになる人は全員“自分に満足していない人”。満足している人に革命は起こらない。かと言って、自分を嫌いだと、自分を高める行動には出られない。だから自分を嫌いにならずに不満に思う。自分を否定せずに肯定をしない……ああ難しい。

そこで重要なのは、自分への不満をコンプレックスに変えないこと。いよいよマスコミにも登場し始めたホンモノの“全身整形美人”にも、お人形のように整うタイプと、どんどんバランスを崩していくタイプがあるようだが、バランスを崩す原因は粘着性のコンプレックス。強すぎる劣等感はさまざまな判断に誤作動を起こす。目の大きさや鼻すじや、何かひとつのことに執着しすぎて、どうしてもキレイの完成には行き着かないのだ。ましてや、キレイになっても劣等感を持ち続けるタイプは、人間関係がうまくいかない。意味なく相手と自分を比較して自分より上の人、下の人への対応が何だか妙なことになる。だから人生も当然うまくいかなくなるわけで。まずは、自分の中にコンプレックスがこびりついてないか、そこを見極めてほしい。女は自分の容姿についての、正確な評価が絶対不可欠だからである。美しい人も美しくない人も、自分をきちんと知っておくべきだから。

とはいえ“自分の容姿”について正直に語る人はそう多くないが、以前行った“容姿”に関する調査では、自分を美人と思う人24%、ブスと思う人8%……。なるほどの結果だが、その中に興味深い法則を見つけた。「私は、美人じゃないけれど、容姿は好かれている。清潔感を絶対に心がけているから」。自分を客観的に見て、“美人じゃないこと”を認めはするが、卑下するのじゃなく、一段上の自分でいるための正しい方法を見極める。じつはそれが女の人生において、決定的な開運に繋がるという法則を。プロフィールを見ると、その人は学生時代も職場でも驚くほどよくモテたし、同性の人気も極めて高く、仕事でも成功していた。自分を正確に採点し、美のキモを押さえていたから。満足はしていない分だけ、自分を日々律し、それが自ずと人生もしゃんとさせたから。

こんな人もいた。「自分は全然キレイじゃないけど、笑うとカワイイと言われる」。大げさじゃなく、この人は女子たちの憧れを一身に集めるような男性と玉の輿結婚、人も羨む幸せな人生になっていた。満足はしなくても、ちゃんと納得して自分の印象美を正しくコントロールできている人は必ず幸せになっているのだ。

逆に“自分はすごい美人だと思い込んでいる人”や、反対に“美人なのに「自分をブス」と言い張る人”は、とてもわかりやすい失敗を繰り返すという事実も浮かび上がってきた。容姿を正しく評価できない人は、現実も正しく見られていない。だから就職試験に落ちまくったり、恋人ができても3ヵ月ともたなかったり。ともかく自己評価と周囲の評価がズレる人は、どうも人生うまく行かないのだ。そこはもう、見事に明暗を分けるのである。

美人は人一倍謙虚に、そうでない人は人一倍素直に

「私は幸運にもキレイに生まれたから、その分謙虚にならないといけないと思う」。そう言ったのは、ある有名モデル。美しい女は、自分の美貌をそういうふうに考えるのかと驚いたもの。見方によっては不遜にも思えるが、この世で美貌を生業にできるわずか数%の女たちは、その美貌を“役立てる”ために必死なのだと改めて気づいた。美人の驕りは意外になく、天性のキレイにあぐらをかかず、自分に与えられた能力のひとつとしてそれを謙虚に“役に立つなら、役立てたい”と考えている。おそらくは、数%の女たちがしのぎを削る世界にいるから、自分の美貌に対する謙虚さが自然に身についたのだろう。 

なるほど、キレイに生まれた女は、人一倍謙虚になるべきだし、キレイに生まれなかった女は人一倍素直になるべき。それが絶対の約束。自分を正しく採点した上で、そこだけクリアすれば、女の人生必ずうまくいく。

と同時に大切なのが、“自分の役割”とキレイの兼ね合い。単純に、容姿をひと目にさらす“表現者”は絶対美しくなければいけない。悪役と汚れ役以外の女優はやっぱり生涯美しい方がいい。逆に言うと、ケネディ大使は肌がピンピンである必要はないのだ。むしろシワがあるから清潔感が際立ち、ちゃんと好感をもたれるからあれがいい。一方、会社の受付は職務として日々キレイであるべきだし、企画の女もプレゼンの時は美しくあるべき。保護者会の母親もキレイなほうがいいし、浮気な夫をもつ妻は毎日朝から美しくないといけない。ちなみに結婚したい独身女性はやっぱり365日美しくあるべき!

そういうふうに“役割”や“立場”を考えてキレイを作ると人生がビシっと決まる。ひどく当たり前のことなのに、じつはそこが今、ぐちゃぐちゃ。だから人生の歯車が噛み合わなくなるのだ。そもそも神様はなぜ、キレイを公平に与えなかったか?女が全員、モデルや女優になりたがったら世の中成り立たないから。あれは彼女たちに宿命的に与えられた役割。大多数の女性には果たさなければならない別の役割がある。それだけのことなのだ。

じゃあ女優でない女性にとって、キレイは一体何のためにあるのか? これはもうひとえに、昨日より今日キレイになって嬉しくなるため。「今日はキレイだね」「カワイイね」と人から褒められ、昨日より今日、恋人からより愛されるため。だからすべての女性は、昨日より今日キレイにならなきゃ何の意味もないのである。つまり、キレイは今日の元気と幸せのためにある。そこを絶対忘れないで。だから今日のキレイに満足せずに、明日はもっとキレイであろうとする。それだけでいいのである。

神さまはなぜ、キレイを公平に与えなかったか?女たちにいろんな役割を与えるためである

Edited by 齋藤 薫

公開日:2015.04.23

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