1. "自分のため"と"人のため"…… その割合が、女の印象をつくっていた!!

斎藤薫の美容自身2

2015.04.23

"自分のため"と"人のため"…… その割合が、女の印象をつくっていた!!

人気連載「斎藤薫の美容自身 STAGE2」。 毎月第2水曜日更新。

あの時芽生えた"キレイな心"を眠らせたらもったいない

そうすべきもうひとつの理由は、あの時明らかに扉が開いた“キレイな心”が、何だかまた閉まりかけているから。他でもないあの震災の時、日本人の心に変化が起きた。何だかみんな“人のため”“誰かのため”、自分には何ができるの?と本気で思っていた。それまでは慈善的なことと言えばチャリティコンサートに行くぐらい、エコの精神は人気のエコバッグを行列して買うことにすべて注ぎ込むというふうに、誰かのためなんて1%もなかったような“自分大好きの女たち”でさえ、あの時は“誰かのために何かしなきゃ”と思ったはずなのだ。

でもあれから3年、震災のショックが和らぐとともに、“人のため”という心も塞がっていった。景気が上向いたような気配に押されて、女はまた再び自分の買いものに夢中になっている。不思議だけれど日本では、物欲と慈善の心がなかなか両立しない。日本人の日常にはボランティア精神が根づいていないから、“自愛の心”と“慈愛の心”が両立しにくいのだ。

ただ3年前のあの頃、せっせと美容したり必死でオシャレするのは、「自分ばっかりキレイになるようでちょっと後ろめたい」と思ったはずだが、それ自体も逆に間違っていたのかもしれない。キレイになりたい気持ちやオシャレしたい気持ちを持ちながら、“誰かのため”という意識を併せ持てばいいだけなのだから。自分もちゃんと美しいが、“人のため”も心に宿している人、それを世間は“美人”と呼びたいのだから。そもそもあの頃みんな表情まで優しく柔和になっていたはずで、せっかく宿ったキレイを減らしてしまってはもったいなさすぎる。

いやそれ以前に、あの時せっかく芽ばえたキレイな心を、ちゃんと大きく育てないままに枯らせてしまうのは、あまりにももったいない気がするのだ。それこそあの時、多くの人が自分の心がいきなり浄化されたのを感じていたはず。私の中にこんなにキレイな心が隠れていたなんて!!と驚いた人もいたかもしれない。多くの人が大きなストレスを抱え込んでいる一方で、自分の心で心が洗われていき、今まで感じたことがないほど気持ちが静かに穏やかになり、体の中が澄んでいることに安らぎさえ感じていたはずなのだ。

つまり“誰かのため”と思うと心が安定し、もっと優しくなれるのが人間の心の構造。だから自分が救われる。W杯でゴミを拾って帰ったサポーターも、試合に負けたのに清々しかったはず。“人のため”は、じつのところ自分を救うのだ。