連載 齋藤薫の美容自身stage2

あなたでなければダメ…そう言われる女になる道

公開日:2015.04.23

人気連載「斎藤薫の美容自身 STAGE2」。 毎月第2水曜日更新。

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“置きかえのきかない女”には3つの共通点があった

学生時代、アルバイト先を辞める時、自分がいなくなったらここはどうなるのか。誰も自分の代わりなどできないしと心配していたら、1週間後には何事もなかったように自分の穴は完全に埋まっていて、拍子抜けしたことがある。自分でなきゃダメだなんて一瞬でも思ったことが恥ずかしかった。

勤めていた出版社を辞めた時も、同じように自分の穴はすぐ埋まり、世の中は結局のところそうやって何事もなく回っていくんだとあらためて思い知ることになる。いや仕事はともかく、男と女の間には“置きかえのきかない関係”ってあるはずと思っていたが、夫婦仲が異常に良かった友人が病気で亡くなった時、一体どうなってしまうのだろうと周囲がひどく心配したご主人は、わずか2年で再婚していた。やはり“どんな穴”もすぐに埋まってしまうのだと、少しだけ淋しかった。

でも『セカ中』に『マディソン郡の橋』といった、恋愛小説のとてつもないベストセラーは、どちらも『あの人でなければダメ、結局その穴は埋まらない』という物語なわけで、人々が皆“そこ”に憧れることは確か。つまり「代わりのいない純愛」に身をやつすことを皆どこかで望んでいるのだ。昔付き合った人のことをずっと想い続けて結婚しない、恋もしない人がたまにいたりするが、それも“置きかえがきかない愛”への憧れからくる決意なのだろう。どちらにせよ「あなたでなければダメ」と言われることは、生きていく上での究極のテーマなのである。

ふと思い出されたのが、作曲家の加藤和彦氏の死であった。作詞家・安井かずみさんとは、別々の仕事の打ち合わせ以外は100%一緒、“理想の夫婦”として憧れの的となる。その最愛の妻がガンで亡くなった時、これからの人生は“亡き妻と神様とともに生きて行く”と語って涙を誘ったものの、一年後には再婚。物議をかもしたが、数年で離婚したのちは、一緒にいる女性がいつも違うと噂され、結局自ら命を絶ってしまう。やはり“その妻”のことが忘れられず、人生を彷徨い、疲れ果てたのじゃないかとも言われた。逆に“置きかえのきかない愛”を体験してしまったがための不幸もあるのだと気づかされたが、そこまで想い想われる存在となるのはやっぱり尊いこと。そういう境地に至るには、この夫婦のように知性と感性の両方が不可欠だからだ。つまり「あなたでなければダメ」という“置きかえのきかない愛”は、一方通行では意味がないし、双方が同じように相手を掛けがえのない人と思い、尊敬し合わないと成立しない。両者に同等の知性と感性と人としての才能が不可欠だから置きかえがきかないし、素晴らしいのだ。

どれだけ一緒にいても人を飽きさせない、もっと一緒にいたくならせる女には、たぶん共通点が3つある。ひとつに相手の心の隙を埋める“人としての濃厚さ”。ふたつめにいかなる時間も無意味なものにしない“話題と視野と趣味の広さ”。そしてもうひとつ、相手を深く理解し、長所も短所も読みとれること。初めて会った日にさえ、10年も前から知っているみたいと思わせる理解力が「あなたでなければダメ」と思わせるカギなのだ。

たとえば、ひどく落ちこんでいる時にさえ会いたくなる人がいたとしたら、それは心の隙間を埋めてくれる人。なぜだか休みの日に会いたくなる人、家に遊びに来てほしいとまで思う人は、時間の隙間を埋め、何でもない時間を意味のあるものにしてくれる人。だからどちらも“置きかえがきかない”。さらには気が重い、気がのらない場所に一緒に行ってほしいのは、自分を深く理解してくれている人。そういう人たちは、きっと誰かにどこかで“いないと困る人”と言われているはずなのだ。

友人にもこんな人がいる。何人かで集まる時、どうしてもその人にその場にいてほしい。たぶん他の友人たちもそうなのだろう。会うメンバーが変わっても、だいたいその人がいる。単純に会話が途切れないからとも言えるが、要はその人がいるとみんな心を開いて、妙な緊張なく会話ができるから。しかし彼女自身がおしゃべりなわけじゃなく、会話をひとりリードしているわけでもない。それでも何だか“彼女にいつもいてほしい”のである。

2つの異質なものを混ぜ合わせるためには“つなぎ”となる媒介が必要だ。本来混ざらない水と油を合わせる時に“乳化剤”が絶対不可欠なように、彼女は誰と誰がいても全員を自然に結びつけて心地よくしてくれた。ちなみに、ズバ抜けた人気を誇る女子アナは、決まって共演者同士の潤滑油となる能力に長けているという。しかし、そうした“つなぐ空気”を真似ようとしてもたぶんうまく行かない。だからこそ置きかえが利かないのだ。

そんなふうに、自分にとって不可欠な人のこと、その必要性について、今ここで考えてみてほしい。誰がいないと困るのか、具体的な顔を思い浮かべるのだ。そうやって時々は視点を変えて周囲の人々を見つめ直してみたい。友人たちから“置きかえのきかない存在”を学ぶため。

自分がいなくなった時、”いないと困る”と言われるのか

では逆にあなたが今どこか遠くへ行ってしまうとしたら、誰が“いないと困る”と言ってくれるのか。これもちょっと考えてみたい。すると不思議に自分という存在が急に見えてくる。自分が今、どういう生き方をしているのかがハッキリ見えてくる。自分だけのために生きているのか、人との関わりの中で生きているのか。年齢を重ねれば、誰でも自然に自分というものを見つめ直すものだが、若いうちは自分を客観的に見つめようと思っても、意外にうまく行かない。でも、今ここに自分がいなくなったら……と考えるとわかるのだ。自分というものが。

つまり、“いないと困る”と言ってくれる人が今いるかいないかではない。周囲がどう思うか?ということではないのだ。大切なのはむしろ、これからのこと。やっぱり女はみんな“いないと困る女”になりたい。だから今からそういう生き方をしなきゃと気づくこと。一日も早く。もちろん簡単なことじゃないが、置きかえのきかない存在になることをひとつのテーマとして、これからを生きてみる生き方はあるのじゃないか。

今やSNS上の友だちは無限にいるように思いがち。でもだからこそ見えにくくなっている自分という存在の、“本当の意味での存在価値”。友だちは別に多くなくてもいい。恋人がいなくても……。でも誰かに必要とされる人生を、今日から始めてみてほしいのだ。そういう努力が正しく生きた証となるのは間違いないのだから。

誰かに”いないと困る女”と言われる人生を一日も早く始めることは、恐ろしく大事である

Edited by 齋藤 薫

公開日:2015.04.23

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