1. 日本人で良かったと思う瞬間。日本人ではいたくない瞬間|斎藤薫の美容自身

斎藤薫の美容自身2

2017.02.08

日本人で良かったと思う瞬間。日本人ではいたくない瞬間|斎藤薫の美容自身

人気連載「斎藤薫の美容自身 STAGE2」。 今月のテーマは日本人で良かったと思う瞬間、 日本人ではいたくない瞬間について。毎月第2水曜日更新

日本人で良かったと思う瞬間。日本人ではいたくない瞬間|斎藤薫の美容自身
齋藤 薫
ビューティジャーナリスト
by 齋藤 薫

日本人は本当にいい人なのに。日本は完璧な国なのに。

あの「お・も・て・な・し」以来、日本人は、自分たち日本人への認識を塗り替えた。私たちって、じつは素晴らしいのじゃないかと。もともとは先進国で最も「自分に自信がない」のは日本人であるとされてきた。それには別に驚かなかった。むしろ逆に、他の国の人たちがみな自信満々に生きていることに驚いたほど。つまり日本は、社会そのものが自信のない人間を作る仕組みになっていたのだ。自信があることは決して悪いことでないのに、自信のない人が浮いてしまう、後ろ指さされてしまう、そういう社会を作っていた気がしてならないのだ。

ちなみに、バブル期の日本人は例外的に自信を持て余したが、バブル崩壊は余計に日本人から自信を奪ったと言われる。だから、昨今の世界的な日本ブームに加え、漏れ聞こえてくる日本人への評価はなんとも耳に心地よく、日本人は今結構いい気になっている。でも日本人の何が良くて何がいけないか、ここらできちっと見極めておかないと。

確かに、財布を落として戻ってくる国など日本以外にはまずないし、原爆を投下した国のトップの訪問に、現地の人々が旗を振る国も他にはないのだろう。本当に日本人はいい人だ! 考えるほどに何だか涙が出そうな位いい人たちだ!

海外に長く暮らしている人が、結局最後は日本に戻ってくる傾向があるのも、夜中に水道の修理に来てくれる国など他にないから。ある意味完璧な国。なのになぜ、みんな少しずつ辛いのだろう。日本人はまさに何不自由ないのに辛い。それはおそらく、人間関係の小さな軋みのせいなのではないか。人々が何となく自信のない国だからこそ生まれる軋み。おそらく自信たっぷりの国ならば、みんながそれなりに自己主張し合い、自我をぶつけ合うだけだから、結果誰もあんまり傷つかない。でも、みんなが少しずつ遠慮し合う国では、相当に相手の心を慮らないと、遠慮の肝が違ったり、気持ちが絡まり合ってひどく疲れてしまう。もともと傷つきやすい国民性。”自分に敏感、他人に鈍感”なタイプもたくさんいて、厄介だ。そう、日本は中途半端にいい人の国。どこか未熟なのにいい人が多いから、少し辛いのである。

だから日本人は自信を持つのも下手。アメリカ人なんかはもっと自然に自分を信じていて、自信だけが悪目立ちしないが、自信が身に付いていないとそればかりが浮き上がる。とってつけたような自信が災いの元なのに。日本人はむしろちょっと自信がないこと、謙虚で遠慮深いこと自体に誇りをもつべきだ。中途半端でなくもっと”成熟したいい人”になるべきなのだ。

日本人が漫画好きで、ゆるキャラ好きで、カワイイもの好きなのは、やっぱりある種の幼さの表れ。政治に関心も嫌悪もないのも、平和ぼけ+幼さ。韓国で政治不信から100万人のデモが起きたが、集まったのは大半が若者。日本では全くありえないこと、同じことが起きたって100分の1も集まらないだろう。そこに少なからず不安を感じた。自己主張がないのは、そうした社会への主張もないこと。日本人に一番欠けているのは、この社会性ではないかと。

正直言って、社会性がないことは客観性がないことで、例えば女性が美しくなる上でもちょっと危険。オフィスで美しい人は、やっぱり社会性もあるから美しいのだから。オリンピックは、たった2週間のスポーツ大会とはいえ、そういう”国民性の偏り”というものを教えてくれる。まだ充分間に合うから、その時までに日本人は人としてのバランスを整えたいのだ。本当の意味で、世界中に尊敬される日本人になるために。

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