1. 『結局、丁寧な暮らしが美人をつくる。』 今日も「綺麗」を、ひとつ。【特別全文公開】 著・松本千登世

2017.11.18

『結局、丁寧な暮らしが美人をつくる。』 今日も「綺麗」を、ひとつ。【特別全文公開】 著・松本千登世

美容ジャーナリスト・エディターとしてVOCEでも出演、取材、編集、執筆と活躍中の松本千登世さん。その美しさと知性と気品が溢れる松本千登世さんのファンは美容業界だけにとどまらない。こちらの美容エッセイ『結局、丁寧な暮らしが美人をつくる。』(講談社)から、ぜひ今日も、「綺麗」を、ひとつ、手に入れてください。

『結局、丁寧な暮らしが美人をつくる。』
今日も「綺麗」を、ひとつ。【特別全文公開】
著・松本千登世

人の心を動かす美しさとは

 つい最近の出来事。仕事でカンボジアを訪れました。ガイド役を務めてくれたのは、45歳の現地女性。華奢な体つきに日焼けした肌、屈託のない笑顔に真っ白な歯がとても印象的でした。2年間、カンボジアで日本語学校に通い、学んだという日本語は、それだけしか経験がないとは思えないほど、堪能。冗談を交えながらたくさんの知識をくれるこの人に、私たちはすぐに打ち解けました。そして2日目。日中の予定を終え、一度解散してから、夜再び、ホテルのロビーに集まった私たちを見て、彼女が溜め息をつくようにひと言、こう呟いたのです。「皆さん、綺麗……」。間接照明の柔らかい光の中でひと際輝きを放つ彼女の目にはっとさせられました。必死に着飾った私なんかより、遥かに綺麗。着慣れないワンピースを纏い、髪をゆるりと巻き、アイラインを強めに入れて赤の口紅を差して、見た目を必死に繕った私より、昼下がりのバスの中で「日焼け止めは高いから、体は諦めて、顔にちょっとだけ塗るんです」とはにかんでいた彼女の笑顔のほうがこの空気の中でずっと美しい、そう思ったのです。当たり前の日常の中で、与えられた環境の中で、幸せを見失わず、大切なものを大切にして、懸命に強くしなやかに生きることがどれほど美しいか、またも教えられました。健やかであること、ピュアであること、原点の美しさこそが人の心を打つのだ、と。

Image title

 美容って、何? 美しいって、どういうこと? 職業柄、つねに「それ」にもっとも近い場所にいるにもかかわらず、いや近い場所にいるからこそなおのこと、次第に見えなくなっていくような気がして、ときどき息苦しささえ感じていました。そんなときに機会をもらった「Hanako」での美容連載。当時、編集長だった北脇朝子さんのずば抜けた発想力と包容力から、化粧品などの「モノ」を結論としながらも、どこか人の心を震わせる美しさや女性像など「ヒト」にフォーカスを当てた新しい美容にしようと決まりました。以来、仕事でもプライベートでも、街を歩いているときも電車に乗っているときも、実際に触れ合う人から偶然見かける人まで、ときに過去に遡りながら、私の「美人探し」が始まりました。およそ6年半、終わってみればそれはまさに「美人の観察記録」であり、その裏や奥にある理由や秘密を言葉にする「美しさのプロファイリング」。そして結論。10人いたら10通り、100人いたら100通りの美しさがある。かけがえのない人こそが人の心を動かす美人であり、気配や奥行きとして現れ、周りにプラスの波動をもたらすものが美しさである。そして、美容は画一的な美しさに導くためのものではなく、ひとりひとりに自分を愛おしく思う気持ちと自信や余裕をもたらして、かけがえのない美しさを紡ぐためのもの。そう確信したのです。同時に気付きました。かけがえのない美人に触れるたび、かけがえのない美しさに包まれるたび、自分をがんじがらめにしていた何かから解き放たれていたことに。

 こうして毎日を生きる中で発見した「美の本質」を83のストーリーにまとめました。あなたにしかない自分らしさという美しさがもっともっと輝くきっかけになりますように。心からの祈りを込めて。

Image title

髪型を変えられない人は、人生を変えられない

 男性は妻や恋人にしたいと憧れ、女性はこうなりたいと憧れる。清潔感があって優美、知的でフェミニン、ショートヘアが眩しい吉瀬美智子さん。ロングヘアのときも群を抜いて美しかったけれど、圧倒的な存在へと進化させたのは、まさにこの髪型なのだと思います。聞けば、モデルから女優に転身したとき、リセットする勇気と恥をかく覚悟を持ったとか。髪形はその表れ? それを無意識のうちに感じ取ったから、私たちは「美しい人」から「輝く人」へと彼女に対するイメージを更新させたに違いないのです。

Image title

「髪型を変えられない人は、人生を変えられない」。そう言われ、心底焦ったことがあります。当時の私は、30歳を前に「変わりたい」と思いつつも一歩を踏み出せず、もがいていました。「変えて似合わなかったら?」と、それまで長く伸ばしていた髪に執着していたのも確か。自分も人生も、いや私は、髪さえも変えられないのか? 思えば、髪は、唯一自分の意志で自由に形を変えられる体の一部。それなのに、「切ってもいずれまた伸びる」と軽やかに考えられないのは、自分に対して他人に対して、何より人生に対して柔軟性がないということなのかもしれない、そう思ったのです。
 髪を切って、埋もれていた美しさにスポットが当たり、それを機にどんどん眩しくなっていく女性を、私は何人も目の当たりにしてきました。髪型を変えただけで、とたんに肌が綺麗になり、急激におしゃれになる。さらには、何かから解き放たれるように生き方が軽やかになっていく……。髪型をきっかけに人生そのものが上向くことがあるとそのたび教えられたのです。女にとって髪は、特別なものという、意識を持っている人のほうが、きっと美しくなれる。いや、髪だけじゃないのだと思います。メイクだっていい、洋服だっていい。朝起きる時間や、眠るときの格好だっていいのかもしれません。今まで変えられなかった些細な何かを変えることで、美のスパイラルが生まれ、人生まで変わると知ること。軽やかに変わり続ける女が、年齢とともに美しさを更新するのだから。

Image title

一生涯、「面倒臭い」という言葉を遣わない

 「夫と食事に行くために車を停めようとしたら、たまたま駐車場が混雑してて、少し並ぶ羽目になったの。そうしたら、いきなり彼が不機嫌そうに『食事するの、やめよう。昼飯、もう要らない』って。『えっ、どうして?』と聞いたら『だって、面倒臭いじゃない』。なんとか彼をなだめすかして車を停めたものの、今度は、ふたりして駐車券を紛失。探そうとしていたら、彼がもっと不機嫌そうに『やっぱり食事するの、やめよう。面倒臭いから』。そういえば、そもそも食事に行こうという話になったときも、『何食べたい?』『どこにする?』と相談したら、『駅ビルでいいじゃない。遠くに行くの、面倒臭いから』と言われたんだっけ……。そのとき思ったの。ああ、『面倒臭い』って、なんて嫌な言葉なんだろう、と」。まったくもう、と苦笑いしながら、夫に対する不満を明るく話してくれた友人。「でもね」と、彼女。「一連の夫の言動に気づかされたのよね。過去の自分も、しょっちゅう面倒臭いという言葉を遣っていたってこと。思い出して、すごく反省した。そして一生涯、この言葉は遣わない、そう心に決めたの」

Image title

 面倒臭いという「ありよう」は、思考も行動も、すべてを停滞させると、彼女は言いました。それどころか、ネガティブなベクトルが働いて、後退さえさせてしまうのだ、と。しかも、その人だけでなく、周りをも不機嫌の渦に巻き込んで……。仕事も家事も、とうとう人間関係に至るまで、人生そのものに「効率」を求めがちな現代にあって、それを妨げるものはすべて、「面倒臭い」。こうして何もかも放棄していると、心地よさや喜びや幸せのサイズは、どんどん小さくなるのじゃないか? じつは面倒臭いことは誰にもあって、だからこそ受け入れて楽しむ人だけが、その先の満足感に辿り着けるのじゃないか? 彼女に言われ、そう気付かされたのです。美容はまさにそう。スキンケアもメイクも、「面倒臭い義務」にするか「慈しむ習慣」にするか。こんな毎日の差がきっと、人生の差、美しさの差になるのです。

Image title

今日着る服は今日の生き方、明日着る服は明日の生き方

「あした、なに着て生きていく?」。記憶している人も多いのではないでしょうか? この広告コピーに出会ったころ、私はちょうど、明日着る服、いや、もっといえば今日着る服に困り果てていました。年齢による肌や体型の変化からか、どの服を着ても垢抜けない。しかも雨が降るから、汗をかくから、荷物がいっぱいあるし、たくさん歩くしと、あれこれ言い訳をして「着る」をないがしろにするから、どんどんくすみが増す。いざとなれば、私だってちゃんと着られる、そう思い込ませて明日こそ明日こそと先延ばしにしているうちに、とうとう着るという行為そのものに、ときめきを感じなくなっていったのです。そういえば、ヘアもメイクもいい加減……。ふと気づかされました。何をするのもどこに行くのも、誰に会うのも億劫になっていた、ってことに。

Image title

 服って不思議、改めてそう思いました。服はモノでありながら、コトでありトキでありヒト。ときめく服を着ると表情が生き生きし、姿勢がしゃんとする。自分に自信が持てたり、他人に優しくなれたりする。もっと素敵な大人になりたいと思い、歳を取るのが怖くなくなる……。それは冒頭のコピーにあるように、「生きる」ことにほかなりません。だから、今日着る服は今日の生き方、明日着る服は明日の生き方。私は人生を疎かにしてたんじゃないか? なんともったいない毎日だったことか!
 美容も同じだと思います。夜作るハリは明日の生き方に繋がるし、朝作る透明感は今日の生き方に繋がるはず。今日も明日も女を芯から幸せにするのは自分自身。すると不思議なもので、周りも「最近、何かあった?」「今日、綺麗じゃない?」と声をかけてくれます。そしてどこかに行きたくなる、誰かに会いたくなる。生き生きと生きる、しゃんと生きるって、こういうこと。

Image title


結局(けっきょく、丁寧(ていねい)な暮(く)らしが美人(びじん)をつくる。 今日も「綺麗(きれい)」を、ひとつ。

結局(けっきょく、丁寧(ていねい)な暮(く)らしが美人(びじん)をつくる。今日も「綺麗(きれい)」を、ひとつ。