1. 「重宝」な女こそ、極上【著・松本千登世】『結局、丁寧な暮らしが美人をつくる。』【特別全文公開】第5話

2018.03.06

「重宝」な女こそ、極上【著・松本千登世】『結局、丁寧な暮らしが美人をつくる。』【特別全文公開】第5話

美容ジャーナリスト・エディターとしてVOCEでも出演、取材、編集、執筆と活躍中の松本千登世さん。その美しさと知性と気品が溢れる松本千登世さんのファンは美容業界だけにとどまらない。こちらの美容エッセイ『結局、丁寧な暮らしが美人をつくる。』(講談社)から、ぜひ今日も、「綺麗」を、ひとつ、手に入れてください。

「重宝」な女こそ、極上【著・松本千登世】『結局、丁寧な暮らしが美人をつくる。』【特別全文公開】第5話
松本 千登世
ビューティエディター
by 松本 千登世

「重宝」な女こそ、極上

会社員だったころの話。当時、読み物やインテリア、料理などを担当するライフスタイル班だった私は、ある日上司に呼ばれ、こう言われました。「次号からファッション班ね」。ファッションかぁ、苦手なんだけど、な。でもこうなったら、一から勉強して、頑張ろう。

そう覚悟を決めて1週間。またも上司に呼ばれ、「やっぱり美容班、お願いできるかな?」そして、ひと言。「松本は重宝なのよね、何でも適当にやってくれて」。

何を言われたのかすぐには理解できませんでした。重宝? 適当? こんなに傷つく言葉がこの世にあっただろうか? 私は、編集者としてそれまで何をしてきたんだろう、専門ジャンルも作れないで。大らかで飾り気のない彼女のこと、そこに悪意などなく、むしろ私を褒める前向きな言葉だったのだろうと想像しました。でも、でも……。あまりにひどすぎない?

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落ち込んだまま夏休みへ。ひとり何気なくテレビを観ていた私は、ある男性作曲家のインタビューに釘付けになりました。

「よく『音楽のジャンルは何ですか? と聞かれるんですよ。でも、ね。正直、ナンセンスな質問だなって思う。ジャンルなんてないイメージを表現するのに、クラシックでもジャズでも、ポップスだってロックだって、いいじゃない? 強いて言うなら、ジャンルは自分。だから僕は仕方なく『映像音楽です』と答えているんです」。

目の前の曇りが晴れる気がしました。そうだった。ファッションも美容も、料理もインテリアもどれもひとつの「アングル」にすぎないのじゃなかったか? 私にとって大切なのは「大人の女が美しい」というメッセージを伝えること。それをすっかり忘れていたと気付かされたのです。

重宝って、このうえない褒め言葉。以来、私は、重宝な女こそ極上、そう思うようになりました。どんな変化球が来てもにこにこしてきょろきょろしない。しなやかでいてぶれない、そんな重宝な女でいたいって。

「親の顔が見たい」と思わせる存在

大人すぎるほど大人になってからのこと。当時2歳になったばかりの甥に「水疱瘡」をうつされ、家から一歩も出られなくなりました。打ち合わせも撮影もすべてキャンセル。高熱にうなされながら電話やメールで「遠隔操作」、周りに助けられてなんとかやり過ごしていました。

そんな中、どうしても確認をしなくてはならない書類を後輩が自宅に送ってくれることに。到着した大きな封筒にはテーマごとにきちんとクリップでまとめられた書類が整然と収められていました。ひとつひとつ取り出すと、奥のほうに赤と青の油性ペン。作業に欠かせない道具、気を利かせてくれたんだ、と封筒を傍らに置こうとしたそのとき……? あれっ? 修正ペンに付箋、消しゴムにシャープペン、とにかく使う可能性のある、あらゆる文具が入ってる。しかも、宛先も何もかも丁寧な字で埋められた返信用の送り状まで。そして、栄養ドリンクにぺたりと貼られた付箋には「早くよくなってくださいね。待ってます」。

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顔中、体中に発疹ができ、本当に治るのだろうかと弱気になっていた私に彼女の心遣いがまっすぐに届き、なんだか胸が熱くなったのです。つねづね、周りを気遣う丁寧な仕事ぶりを年下ながら、尊敬していました。これから起こりうることを瞬時に予想し、求められていることの一歩も二歩も先をこなす。だから彼女の周りは、仕事も人間関係もスムース。この人とずっと一緒に働きたいと思わせる静かな引力がある。慣用句とは逆の意味で、こんな女性を育てたご両親の顏が見てみたい、改めてそう思ったのです。

肌の綺麗な人、髪の綺麗な人、何より佇まいが綺麗な人を見ると、細かいところまで心を砕いているのだろうと想像します。末端まで丁寧な扱いを積み重ねている人にしか宿らない艶やハリがある。この肌、この髪、この佇まいを育てた女を見たいと思わせる……。そういう女性は、やっぱり極上なのです。

体の体力は、心の体力

まだ編集部に所属していたころの話。その日、仕事に追われていた私は、この量を終えるにはどうしたって朝までかかるんだろうな、と徹夜を覚悟していました。そのつもりでいても、いや、わかっているから余計に、心は塞ぎ気味。とにかく一分一秒でも早く終わらせたいと、無駄な体力を使わないように、淡々と作業を進めていました。

気づくと夜中の3時。私を含め、3人いたスタッフのうち、ひとりの女性が「よかったら、どうぞ」と、私たちに熱々の緑茶付きでお菓子を持って来てくれました。「ありがとう」と伝えると「ううん、自分が食べたかっただけだから」とふわりと笑ってる。その表情は、思わず自分の顔を覆い隠したくなるほど、穏やかで晴れやか。ああ、私ってなんて余裕がないんだろう。いけないいけない。反省しつつも、仕事を進めるうちにまた眉間にシワを寄せ、口角がだらりと下がった自分……。

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やがて、朝日が昇り、眩しくなったころに彼女は「お先に、頑張ってね」と帰って行きました。「今日はありがとう」と後ろ姿に声をかけながら、彼女のデスクにふと目をやると……? 驚くほど、綺麗に整理されてるのです。さっきまで積み上げられていたはずの資料も散乱していたはずのペンもなく、ましてや消しゴムのかすもお菓子の食べこぼしもまったくなし。

デスクの整理なんて今日は無理、だってこんなに疲れてるんだもん……。そう言い訳している自分が恥ずかしくなりました。そして、思ったのです。彼女は本当に体力的にタフ。だから、どんな状況でも、いつもの彼女でいられる。疲れていても自分の面倒を見るのみならず、周りまで癒すのだって。

余裕がないときにその人の本質が見えるのだと再認識しました。いつでもどこでも笑顔でいようとしているつもり、でもそれは思いっきり体力がある絶好調なときに限ってのこと。ほんの少し不調に傾くと、途端にその意志はどこかへ消え、周りへの優しさが後回しになります。こんな柔な女は、魅力的じゃない。大人になるほどに、体にも心にも体力のある女になりたいと思うのです。


結局(けっきょく、丁寧(ていねい)な暮(く)らしが美人(びじん)をつくる。 今日も「綺麗(きれい)」を、ひとつ。

結局(けっきょく、丁寧(ていねい)な暮(く)らしが美人(びじん)をつくる。今日も「綺麗(きれい)」を、ひとつ。

《松本千登世さんの美容エッセイを全文公開中!前回の記事はこちら》
こだわり=面倒?【著・松本千登世】『結局、丁寧な暮らしが美人をつくる。』【特別全文公開】第4話

松本 千登世
松本 千登世
1964年生まれ。美容ジャーナリスト、エディター。航空会社の客室乗務員、広告代理店勤務を経て、婦人画報社(現ハースト婦人画報社)に勤務。その後、エディター&ライター、フリーランスに。美容エッセイに定評があり、数多くの女性誌で連載中。